「一人で抱え込まないで」絵本作家が中学生に〝命の授業〟
「自分はだめだ、と思ってしまうことがあるかもしれない。でも、そうじゃない。皆に良いところがある。あなたにしか、できないことがあるんです」
志木市立宗岡(むねおか)中学校。体育館に集まった2年生の生徒たちに、絵本作家の夢(む)ら丘(おか)実果さんは語りかけた。
授業は、夢ら丘さんが絵本作家の吉沢誠さんと手掛けた絵本「カーくんと森のなかまたち」の朗読を中心に行われた。容姿や能力を他の鳥たちと比べて劣等感を覚え、絶望したホシガラスのカーくんが、先生に話を聞いてもらったり、仲間たちに励まされたりして、自らの価値に気づき、元気を取り戻していく物語だ。
「周りにカーくんのような元気のない人がいたら、声をかけてあげてほしい。話を聞いてあげてほしい」。朗読を終えた夢ら丘さんはこう呼びかけた。
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夢ら丘さんは友人を、吉沢さんは後輩を過去にそれぞれ自殺で失っている。
夢ら丘さんは平成14年、自宅近くで脇見運転の車にはねられ、右手にしびれが残った。めまいや耳鳴りなどにも襲われ、仕事の画業も、家事も、十分にこなすことができなくなった。
悲観した。当時、小学3年生だった娘にこうつぶやいてしまった。
「こんな、お母さんなんて、いなくなった方がいいよね…」
「お母さんは、いてくれるだけでいいんだよ」
娘の言葉に気づかされた。「誰かに必要とされている。そう感じられると、生きる力につながる」
絵が描ける人、漢字が得意な人、本をよく読む人、コンピューターに強い人、体を動かすことが好きな人、家で手伝いをしている人…。夢ら丘さんが「長所」の例を示しながら挙手を求めると、生徒たちは一人、また一人と、自身を振り返りながら応じていた。
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「何かに迷ったり、自分で解決できない問題にぶつかったりしたら、誰かに相談しようと思いました」
1時間足らずの授業だった。しかし、夢ら丘さんに問いかけられ、教員に促されると、生徒らは恥ずかしがりながらも、感想を口にした。授業を受けた福地花菜(はな)さん(14)は「母の顔を思い浮かべました。悩み事があったら相談するつもりです」と話していた。
夢ら丘さんが吉沢さんと絵本を出版したのは、平成19年。娘の学校で起きたいじめ問題もきっかけの一つだった。その年から学校などでの出前授業を始めた。行った授業はこれまでに900回を超えている。
ただ、子供たちの自殺は深刻だ。文部科学省の調査によると、令和3年に自殺した小中高校生は473人。2年の499人から高止まりしたままだ。吉沢さんは「未遂者はその100倍以上といわれる。手厚いケアが必要だ」と語る。
宗岡中では29日から2学期が始まり、教員らの緊張感が高まっている。林孝安(たかやす)校長は「外部講師による授業は生徒にとって新鮮味もあり、効果が期待できる。危機感を持って自殺予防教育に臨みたい」と話した。