世界を驚かせる極小の世界 ミニチュアアーティスト田中智さん
「もうちょっと塩は少ない方がいい」。絶妙な焼き色の「サンマの塩焼き」は約2センチの作品ながら、本物と勘違いしたのか画像を見たかっぽう料理人から連絡があった。「作品を通じて、そのジャンルの専門家や愛好者から反応があるのがうれしいですし、勉強になります」と語る。
幼少期から手先を動かすのが好きだった。ある時、人気ゲームソフト「ドラゴンクエスト」のアイテムを作ろうと思い立った。鳥山明氏のイラストが載ったゲーム攻略本を眺めつつ、紙粘土を手にするも正面しかわからない。「横や後ろはどうなっているんだ」。想像力を働かせて平面のイラストを立体化させた。難しかったが、イメージしたものを作り出す面白さを実感した。
「今思えば、これがミニチュア作りの原点であり、鳥山明先生が私の師匠ですね」と笑顔で振り返る。
2001年ごろ、フリーマーケットで購入した海外製のドールハウス用の家具に心を引かれ、「他の小物も作ってみよう」とミニチュア作りを始めた。仕事先の運送会社でトラックを運転しながら、休憩時間に助手席で型に粘土を詰めては、帰宅後も机に向かって黙々と作り続けた。
既製品のパーツは使わず、全て素材から作り上げる。米粒は樹脂粘土を薄さ0・3ミリに伸ばし、直径0・5ミリのシャープペンシルの先端を潰して押し当てて1粒ずつ作る。ジャムなどを入れる透明の瓶はアクリル棒を削り出す。独自のアイデアと試行錯誤で技術を磨き、作品が売れるようになった。07年ごろから東京や大阪のカルチャーセンターの講師を務め、11年に独立しアトリエを兼ねた教室を構えた。
制作時間を捻出するため、建築や食品会社にも転職した。「家屋の骨組みや配線、窓のサッシをはじめ、大量の食材を間近で目にした経験が作品づくりに生きている」。だからこそ今、プロ作家として「本物を知ることで作品に深みが出る。そしてモノの『平均値』を知ること」を大切にしている。
例えばパンのミニチュア。老舗パン屋を取材して釜の様子や焼きたてのふっくらしたパンの質感を頭に入れつつ、既製品のパンも観察し、一般的なイメージも踏まえて作品につなげる。「みんなが知っているものをミニチュアにするからこそ、すごい、面白いと思ってもらえる」と強調する。
ジャンルを問わないのも強みで、国内外の企業や自治体から制作依頼が舞い込む。三重県鳥羽市の観光PR向けに、名産の真珠や海女の小道具などを手がけた。台湾の菓子メーカーからは「宇宙」の依頼も。「対価をいただくからには、いつでも刀を磨いておきたい」と現地の取材や資料集めに労を惜しまない。
インターネットで誰もが作品を売買できるようになった今、プロ作家としてのプライドがある。自身の教室に通う中学生に「あらゆる経験を大切にして、『これはどうなっているの』と不思議に思うこと、観察することが大事」と伝えながら、「ミニチュア作家としてやっていけるように、若年齢層の未来も育てたい」。
◇たなか・とも
1979年生まれ、大阪府出身。高校卒業後、独自の製法を考案しながらミニチュアを制作。作品のブランド名「nunu's house(ヌヌズハウス)」はクマのぬいぐるみを意味するフランス語「nounours」に由来する。
著書は「田中智のミニチュアセレクション」(学研プラス、1650円)など4冊出版。大阪・東京のほか、オンライン教室も開講している。インスタグラムは「nunus_house」、ツイッターは「@miniature_MH」