日常に寄り添うアートがそこにある。皆川 明の個展『カタワラ』がスタート。
12月25日まで、代官山ヒルサイドテラスにて、〈ミナ ペルホネン〉デザイナー・皆川 明の個展『カタワラ』が開催されている。普遍的な価値を持つ「特別な日常服」をコンセプトに洋服づくりをする皆川は、テキスタイルの図案などのために絵を描き続けてきた。
本展は、そんな皆川が、個人としての作品制作に向き合うアート作品に特化した個展である。会場にはドローイングやペインティング、リトグラフ、ヴィンテージのブリキにペイントを施した作品や陶器のオブジェなど、約100点がラインアップ。皆川は2004年に、〈TARO NASUギャラリー〉で鉛筆画の展示を行ったが、規模や表現の多彩さを考えると、今回の『カタワラ』が“ほぼ初個展”といっていいだろう。「こんなにたくさんの個人的な作品を見ていただくのは初めてです」と、個展を直前に控える皆川は、少し照れ臭そうな笑顔を浮かべた。
初めての挑戦はリトグラフとエッチング。
リトグラフは「いつかお願いしてみたいと思っていた」フランスのリトグラフ工房〈Idem〉に制作を依頼した。かつてはピカソやマティスやシャガールの作品も制作し、現在は柚木沙弥郎も依頼する工房だ。
エッチングは約10年ぶり。「最初はエッチングってどうするんだっけ? という感じだったのが、(銅板に絵を描く)ニードルがだんだんと手になじんでいく、その感覚も楽しかったです」。
乗ってくると20種類のエッチングを2日間で仕上げ、アトリエのスタッフから「通常ではないスピードだ」と驚かれたそうだ。
〈ミナ ペルホネン〉は、日本各地の生地産地との連携により生み出されるハンドドローイングによるオリジナルのテキスタイルを使った、ぬくもりのある洋服づくりに定評がある。皆川が「特別な日常服」をコンセプトとしてスタートした活動は、今や多岐にわたる。その皆川が、アート作品を集めた個展『カタワラ』を開催するという。日本を代表するデザイナーとして〈ミナ ペルホネン〉の活動も多忙な皆川が、今このタイミングで個展を開催するのはなぜなのか。
「ずっと、ユニークピースも含めて、もっと制作してみたいなあという思いがあって、まずはいろいろ手を動かしてみようというのが発端です。アーティストとしての自分を確立しようというような強い思いがあったわけではなくて、デザインという領域とは違う個人的な空想をかたちにしていきたいなあと思ったことが個展につながりました。制約なく個人的な表現をしていいと言われたとき、自分からどんなものが生まれてくるんだろうと、自分自身に対する関心もありました」
今や日本はもとより世界中で引く手あまたの皆川だが、アートにフィーチャーした個展の開催を目前に、「〈ミナ ペルホネン〉のコレクション発表するときよりもドキドキしています」と明かす。「洋服の場合は、相手のことを考えて作っているので、これなら喜んでもらえるだろうな、という確信があります。でも、今回発表するものは完全に自分の世界を表現したものなので、見る方の目にどう映るか、その感想を聞いて自分がどう感じるかは今の段階ではわかりません。理想的には、〈ミナ ペルホネン〉のデザインと並行して、作品を作り続けていきたいですし、もっと言えば、5年後、10年後の個展で、皆川の作風は変わったなどと、楽しんでもらえたらうれしいですね」
皆川の口調は、そのデザインや作品から発せられるイメージ通りに、温かく、そして、繊細だ。そんな皆川に、個展のタイトル『カタワラ』に込めた思いを尋ねた。
「アート作品って、しまいこまれてしまうことが多いでしょう? 高額なものなんて特に。でも、僕は、日常の服と同じように、アートも普段の暮らしの中で飾っておいて欲しいなあと思っています。暮らしの景色のなかに溶け込み、その風景の傍らにある。そのくらいの空気感をはらんでいるものでありたい。そんな思いから、このタイトルを付けました。だから、展示作品もありふれたものに、アートを施したものがほとんどです。経年変化したブリキにペインティングをしたり、なんてことのない古い木版にドローイングをしてみたり。デザインとまたちょっと違うアプローチです」