風の彫刻家・新宮晋にとっての表現- 絵本も舞台も造形と同じ「生きる喜び与えられるもの」
1970年代初頭、米ニューヨーク。新宮晋(85)は彫刻家イサム・ノグチのアトリエで、昼食をごちそうになっていた。ノグチは愉快そうに笑った。「面白いことを言うね。まるでお坊さんが、路肩の石にも世界が宿るって言うみたいだね」
帰国後、アトリエを構えた山あいの集落に冬が訪れた。真っ白に積もった雪の中に、元気な緑の葉を見つけた。農家のおばちゃんに尋ねると、「イチゴでんがな」と教えてくれた。初夏になると真っ赤な実を付けた。
イチゴでヘミングウェーの長編小説のようなものが書けたらすごい、と思ったが「それだけの文才がなかったんですから」と笑う。だが写生をしていると、頭の中にゆっくりと展開する壮大なストーリーが浮かんだ。
つややかな緑の葉にはイチゴの命が宿っている。つるを伸ばし、雪の下で眠り、ミツバチの力を借りて受粉する。最初は白い実が、風や雨を受け、太陽を浴び、真っ赤に熟れる。
いちごには北極がある。南極がある。その間には金の鋲(びょう)が打ってある。
赤い実のまん中には 太陽のとどかない 白いつめたい世界がある。
いちごには はてしない風景がある。
最後は、イチゴが宇宙空間を飛ぶ。
75年、初めての絵本「いちご」を出版した。読んだノグチは「文章はあなたが書いたって分かるけど、絵も悪くないね。誰が書いたの?」と喜んだ。新宮が元は画家だったことを知らなかったようだ。
ある時、新宮はクモが巣を張るのを眺めていた。そのグラフィックパターンはまるで「宇宙の設計図を描いているよう」だった。
好奇心にかられ、クモの権威に会いに大学を訪ねた。蜘蛛(くも)学会の会長を務めた人で、自宅にも通い生態を学んだ。「クモって天才的な建築家なんですよ。図面もないのに、空間に巣という造形を正確に描く」。79年、2冊目の絵本「くも」を出版した。
人間が海の表面だと信じているものを、魚たちは空気の天井だと思って暮らしているのかもしれない。
「じんべえざめ」(91年)ではこう書き出し、これまでに14冊の絵本を出版した。
ミュージカルでもバレエでも芝居でもない。せりふも台本もなく、舞台進行のよりどころは、新宮の頭の中にあるイマジネーションを描いた絵コンテだけだった。97年、埼玉県立の芸術劇場で「星のあやとり」を上演した。
宇宙船に乗り、水、風、光、回転、音の五つの惑星を巡るスペース・ファンタジー。巨大なマリオネットが舞い、音を出して回るこまが鏡に映り、創作した楽器が演奏される他にはないものとなった。
舞台は芸術劇場の館長に依頼された。3年前、兵庫県三田市の青野ダムで作品を使った野外劇を行ったところ、NHKが放映し、館長の目に留まったのだった。
絵本も舞台も「話し方の違いみたいなもの」という。地球の素晴らしさを伝える表現の一つで、自然の力で動く造形作品と同じ。「アートって、生きる喜びを与えられるものであってほしい」
小学1年生で絵本「いちご」に出会い、衝撃を受けた少年がいる。ギタリスト清野(せいの)拓巳(54)。愛読し、作者に憧れた。その後、地元ホールにある立体作品を見て驚いた。「絵本の人がこんなことをしている」。米国の音大に留学すると、街に新宮の作品があった。「勝手にインスピレーションをもらっていた」。2015年、新宮があいさつに立つ催しを知り駆けつけた。サインをもらう列の最後に並び、自身のCDを渡した。
この出会いがきっかけで、2人は「いちご」をモチーフにしたミュージカルを制作。16年に風のミュージアムで上演した。=敬称略
(土井秀人)