芥川賞作家・市川沙央さんが訴える「読書バリアフリー」 高齢化でだれもが直面しうる課題
◆分厚い本が負担に
「読みたい本が読めないのは権利侵害。読書バリアフリーの環境整備を進めてほしい」。今月19日、東京都内で行われた記者会見。電動車いすに乗った市川さんは、芥川賞に選ばれた喜びを語る一方で、切実な思いを吐露した。
市川さんは筋力が低下する難病の「筋疾患先天性ミオパチー」を患い、人工呼吸器を使用している。受賞作の主人公に自身を投影し、分厚い紙の本を読むことの体への負荷を「背骨が潰れていく気がする」と表現。負担が少ないという電子書籍化の意義を訴えた。
手で本を持つ、ページをめくる、目で文字を追う。健常者にとって当たり前の読書文化だが、「障害者にとっては大きな負担となり、実は読書環境のバリアにもなることを、市川さんの発言は気づかせてくれる」。そう話すのは、読書バリアフリーに詳しい専修大学文学部の野口武悟(たけのり)教授(図書館情報学)だ。
令和元年6月、視覚障害者らの読書環境の整備を進める「読書バリアフリー法」が施行された。障害の有無にかかわらず、だれもが活字文化の恩恵を受けられるよう目指す法律で、点字や音声、電子書籍など、さまざまな形式で本の内容に触れられるようにする。
施行から4年たつが「読書バリアフリー」の認知度はまだ高いといえず、野口教授は「今回の芥川賞をきっかけに、広く浸透することを望む」と期待する。
◆朗読サービス利用
大阪府立中央図書館(東大阪市)の一室。弱視の視覚障害がある橋下芳実さん(67)が、パソコンから発せられる朗読の声に耳を傾けていた。
柔道整復師として、仕事で必要な理学療法関係の専門書を専門スタッフに読んでもらうため、隔週で図書館に通い、2時間じっくりと本の内容を吸収する。「新しい情報をどんどん取り入れなければならないので、最新の専門書を読んでもらえるサービスは本当に助かっている」と語る。
同図書館では、利用者が読んでほしい本を朗読するサービスを行う。通常は対面だが、現在は新型コロナウイルス感染防止のため、朗読者とは別室でパソコンのオンライン機能を使って行っている。昨年度は延べ829人が利用した。
他県に住んでいた四十数年前は朗読サービスがなく、橋下さんは学生ボランティアに頼んでいたが、読みたいときに予定が合わず、定期的に読んでもらうことが難しかった。「今は電話で予約ができ、格段に便利になった」と話す。
朗読内容を録音し、要点を点字にして残し活用するほど勉強熱心な橋下さん。「専門書の点字や朗読図書はまだまだ少ない」と話した。
◆「本の飢餓」に警鐘
毎年出版される本のうち、点字や音声図書など視覚障害がある人たちが利用できる書籍の割合は、先進国は7%、発展途上国はわずか1%という。世界盲人連合(WBU)はこうした状況を「本の飢餓」として警鐘を鳴らしている。世界を見ても、だれもが平等に本にアクセスすることができない現状がある。
読書バリアフリーは障害を抱える人たちだけの問題ではない。高齢による衰えが読書のハードルになりうる。野口教授は「視力が衰えたり、体が不自由になったり、一生涯のうちだれもが直面するかもしれない問題。すべての人が自由に読書ができる環境の整備が急がれる」と話している。(横山由紀子)