晩夏の木漏れ日、ブロンズ彫刻優しく包む 美唄・安田侃彫刻美術館
「作品だけでなく、この空間全体が私のイチオシです」。案内してくれた学芸員の泉沙希さん(40)が足を止めた。「見上げると、木漏れ日がすごくきれいですよね。晩夏には夏の強い光が和らいで優しい光になり、木々の葉の色味も落ちてくる」。作品は周囲の自然を借景に表情を変える。
「冬は黒いブロンズに白い雪がかかるのもいい感じです。何となく神社を思わせる神聖な感じがして、お正月には家族でここに『初もうで』に来たりしています」とほほ笑む。
二つの彫刻は対になっており、2010年に別の場所から移された。名前や説明の表示はない。そもそも同館の彫刻には基本的に表示がない。泉さんによると、安田さんの考えは「作家が『こういうイメージ』としてしまえば、正解はこれだけとなってしまうが、そうは思わない人もいるかもしれない。正解は一つではない。作品はその人の心を映す鏡」という。
泉さんは「作品と自分しかいないので、自分で考え、向き合う」と自由な発想をやんわりと促す。
もちろん作品に名前はついている。このブロンズは手前が「天聖(てんせい)」、奥が「天●(てんもく)」。旧校舎のギャラリーで入手できるマップには館内の作品の名前と場所が記載されており、巡りながら確認できる。順路は特にない。
訪れた9月上旬、水の広場では、大理石の舞台とその上に立つ彫刻「天●」が陽光を浴びて白く輝き、親子連れが水遊びしていた。「天●」は、奥にある「天聖」と対になっている。泉さんイチオシのブロンズと同名で同じような形だが、素材が違う。泉さんは「天聖と天●の配置が、水の広場と逆になっている」と教えてくれた。
同館の誕生には炭鉱の閉山が関わっている。栄小は閉山で児童が減り、1981年に閉校。学校の隣は炭鉱住宅だった。美唄出身の安田さんは市から打診され、栄小の旧体育館を日本での作品保管庫に使っていた。旧校舎では閉校後も、併設の幼稚園が2020年春まで存続。園児が通って元気よく遊んだ。
泉さんによると、安田さんはその姿を見て「子どもたちが走り回って心を広げられるようなところにしよう」と構想。市が賛同して92年に同館が開設された。アルテピアッツァはイタリア語で「芸術広場」。作品は当初の5点から約40点に増えた。カフェや、彫刻体験工房の「こころを彫る授業」も始めた。
開館から今年で30年。記念事業の安田侃彫刻展「時に触れる」が26日まで開催中だ。「リピーターがとても多い」と泉さんは実感している。ある時、町内会の旅行で訪れた客が「なんだここは。説明もない」とつぶやいたが、「なんか良い所だわ。また来るわ」と満足して帰ったこともあるという。
子どもたちは彫刻によじ登ったり抱きついたりして遊ぶ。「季節の風景、朝と夕の光の当たり方でも表情が変わる。つらい時と明るい気分の時では感じ方も変わります」と泉さん。再訪のたびに新鮮な発見がありそうだ。【安味伸一】
※●はさんずいに禾
◇泉沙希(いずみ・さき)さん
1982年札幌市生まれ。北海学園大人文学部卒。大学では文化人類学を専攻。アートと自然や島の人々との関わり方に興味を持ち、香川県・直島に移住し、「地中美術館」職員に。島の「ベネッセハウス ミュージアム」を訪れて安田侃さんの作品にひかれ、2011年からアルテピアッツァ美唄で勤務。