WORLD REPORT「サンタフェ」:先住民アートを通して見る空と大地と、コミュニティ
アメリカ南西部ニューメキシコ州は、古よりテワ語とティワ語を話す19のプエブロとナバホ、アパッチら先住民が暮らしてきた土地。高山、ステップ、砂漠気候が入り混じる壮観な大地は、ダイナミックな空模様と相まって幻想的な美しい風景を織りなしている。その北部に位置するサンタフェは米国最古の州都で、地方都市でありながら全米第3のアートマーケットを有する。綿々と続く歴史と豊かな文化を湛えるこの土地は、ユネスコの世界創造都市でもあり多くの観光客が訪れている。
前述の通り元来、先住民が暮らしてきたこの土地は、16世紀後半にスペインからの入植者が到達し、ニューメキシコが1912年に47番目の州として合衆国に併合されるまではメキシコの一部であったことから、先住民の文化、メキシコ文化、西洋文化が混在する多層な文化的土壌となった。20世紀半ばには東海岸から現代美術のアーティストや作家が移り住んできたことで多層化に拍車がかかった。現在では、伝統的な工芸、デザイン、現代美術、メディア・アート、映画、オペラなどの芸術文化産業が経済活動を牽引している。本稿では、2022年のサンタフェアートシーンで印象に残る3つの展覧会をレポートしたい。
先住民コミュニティと被曝・汚染の脅威
全米で唯一、先住民の芸術文化に特化した国立の教育研究機関であるインスティテュート・オブ・アメリカン・インディアン・アート(IAIA)のネイティブアート現代美術館(MoCNA)は、市の中心地プラザの北側にあるカテドラルの目の前に位置する。伝統的なアドビ(日干しレンガ)建築の美術館で、2022年に開館50周年を迎えた。大学附属美術館として教育的側面を持ちつつ、地域内外の先住民アートコミュニティの重要な交流・創造の場でもあり、現代先住民アートの最前線を国内外に発信している。
「エクスポージャー:ネイティブアートとポリティカルエコロジー」展は、アメリカ、オーストラリア、カナダ、グリーンランド、日本、太平洋諸島から37組のアーティストを招き、核実験、原発事故、ウラン採掘における先住民とその環境やコミュニティへの影響に対する、先住民アーティストたちの応答を提示した。ニューメキシコには、マンハッタン計画の枢軸を担ったロスアラモス国立研究所や、世界で初めて核実験が行われたトリニティ・サイト、開発の課程で使われたウランの採石精錬場や廃棄場などがあるが、これらはすべて大都市から離れた先住民居留地のすぐそばに位置している。「ヒロシマ・ナガサキ」以降も、核兵器や原発の開発が世界中の先住民たちが暮らす土地で行われており、それによって被曝や汚染による二次被害が続いている現状は看過できない。
《メキシカン・ハット廃棄場、ナバホ・ネイション》は、サンタフェ在住のアーティスト、ウィル・ウィルソン(ディネ)が、放射性廃棄物処分場をドローンで撮影した3点組の作品だ。赤褐色の荒野に築かれた人工的な五角形の構造物は、一見巨大なランドアートかS
F映画のセットのようである。ドローン撮影によってもたらされた、地上からではつかめないその全容と規模、そしてそれがどれほど先住民コミュニティの近くにあるのかという事実に、アーティスト自身も驚きを隠さない。
日本からは、北海道立近代美術館の五十嵐聡美が企画協力し、2組のアーティストが参加。藤戸康平(アイヌ)は福島第一原発のメルトダウンに対する己の非力さと畏怖の念から制作したという彫刻《Singing
of the
Needle》を展示した。星型のフレームに鉄でつくったアイヌの伝統模様(先の尖った渦巻き)を壁のように配し、その中央に別の模様を青く彩色した鹿の頭蓋骨(カムイ、神)が置いてある。また映像展示においては、OKI(アイヌ)とRANKIN
TAXIが協働したミュージック・ヴィデオ作品《誰にも見えない、匂いもない》が、軽妙なダブに乗せた原発事故への辛辣な皮肉とともに異彩を放っていた。
意図せず折り重なった2つの個展
新しい芸術文化拠点として活況を呈しているサンタフェ駅周辺のレイルヤード地区には、1995年に開催された合衆国初のビエンナーレを母体とするサイト・サンタフェがある。景観保護の観点から建築基準が厳しいサンタフェでは珍しい、金属製のファサードを持つ建築が、廃線跡と南西部固有の植物で構成された公園の一角を飾り、ひときわ目を引いている。
ナニ・チャコン(ディネ/チカーナ)は、ニューメキシコ最大の都市アルバカーキを拠点に全米各地で、先住民の女性を主体に、自然や抽象的な形態を構成した壁画を、地域の人々と深く関わりながら制作してきた。サイト・スペシフィックな壁画作品の性質上、彼女の活動・制作発表の場は日常の生活空間であり、ストリートにある。美術館での初個展「スペクトラム」は、新作の絵画8点と、壁面に直接糸で描いたドローイング2点、いままでに制作した壁画作品のアーカイヴを一堂に展示したものとなった。妖艶な肢体のフィギュラティブなモチーフやコヨーテ、神秘的な光彩などは、コミュニティと対話をしながら制作を行ってきた彼女がプライベートでつねづね描きたいと考えていた、ディネ(ナバホ)の創世物語に緩やかに基づいている。いっぽう、具象化できないディネ創世物語特有の形而上学的な概念を普遍的に表現するため、様々な色や太さの糸で抽象的な模様を描いたドローイング作品は、脈々と続く家系をも示唆している。さらに、美術館の外壁に掲示されたビルボード作品《起源と新たな始まりを見つけるための指標(赤い鳥、青い鳥、黄色い鳥)》は、彼女の家族に深く関わる3つの土地で実際に描いた小さな鳥の壁画を、それぞれ撮影し引き伸ばして掲示したもので、彼女のフィールドであるストリートとギャラリー空間をつなぐ仕掛けとなった。
サイト・サンタフェでは、同展と重なるようにジェフリー・ギブソン(ミシシッピ・チョクトー/チェロキー)の「ボディー・エレクトリック」展が始まった。ニューヨーク州ハドソンにスタジオを構えるギブソンは、先住民の装飾品や儀式などの伝統を絵画や彫刻、ヴィデオ、パフォーマンスといった多様なメディア・手法と融合させた作品が国内外で広く知られている。その色彩豊かで身体性を感じさせる表現は、私たちの触知を駆り立て感情を震わせる。森羅万象をたたえ、自然との融合、世界の調和をうたう本展では、来場者を出迎える壁画《大地が語りかける/聞いているか》、先住民族特有の名付けの儀式を典型に地元の先住民の方々を中心とした参加者とのワークショップを経て行ったパフォーマンスの記録ヴィデオ《別の名前を付けるには》の委嘱作品をはじめ、ほとんどがパンデミック下で制作されたものである。展示室を移動する度に、祝祭、荘厳、催眠、平静、そして儀式といった言葉を想起させられる、異なる位相の作品と対峙する。それは、革新的な方法によって、自然のなかに魔法のような力を見出す先住民文化の精神性にふれられるような展示であった。
2つの現代先住民アーティストの個展を同時期に開催したことについて、キュレーターのブランディー・カオバは「意図的というより、たんに美しいオーバーラップ。でもそれはすばらしい符合だった」という。とはいえ同時進行する2つの展覧会期間中、対話を通して有機的に企画されたと思われる相互にリンクしたトークやパフォーマンスなどのプログラムが次々と展開され、パンデミックの規制緩和によって再び集うことが可能になった人々の高揚感と相まって、サンタフェらしい多文化的で賑やかな場となっていた。
(『美術手帖』2023年1月号、「WORLD REPORT」より)