美術館や博物館の収蔵品 火災や地震、風水害からどう守る 耐震、リスク分散…備えは新たな局面に
〈実は昨日は、高潮がなぎさちゃんの足元まで達して、冷や冷やでした〉
18年9月、兵庫県立美術館(神戸市中央区)の公式フェイスブックに残る発信だ。「なぎさちゃん」は現代美術作家ヤノベケンジさんが手がけた少女像で、同館の南側、海を望む場所に設置。幸い被害はなかったが、スタッフは不安な時を過ごした。
同館は「阪神・淡路大震災からの文化復興のシンボル」として02年に開館。神戸ゆかりの画家小磯良平や、世界的に評価される前衛美術団体「具体美術協会」の作品など約1万点を収蔵する。
開館当時の記事によると「阪神・淡路と同規模の地震でもコップの水がこぼれない」免震装置を導入。風雨や害虫などから作品を守るため、展示室の周囲には外部との緩衝エリアを設け、収蔵庫は1、2階の計4カ所にある。
一方、「沿岸部にあるので、高潮については建設段階から話題になっていた」と、同館課長の西田桐子さんは話す。18年度以降、台風接近などに伴う臨時休館は計4日。30年余り学芸員を務めてきた西田さんだが「以前はなかった現象」という。スタッフは天気予報をにらみ、屋上にある巨大なカエルのオブジェ「美かえる」の空気を抜いたり看板を館内に移動させたり、安全確保に追われる。
マネキンも耐震
阪神・淡路では、神戸市立博物館(同区)で地下の収蔵庫が浸水、展示品が転倒するなど、被災地の各館は大きな被害を受けた。1997年に開館した神戸ファッション美術館(同市東灘区)はそうした経緯を踏まえ、貴重な衣装などを保管する大型タンスにロックを付けた。地震の揺れで引き出しが落下し、作品が損傷する被害を防ぐ。衣装の展示に使うマネキンも震度7を想定して作製。実験を繰り返し、転倒しにくいよう重心を低くしている。
さらに六甲アイランドという海に囲まれた立地を考慮し、津波に備えて収蔵庫を5、6階に配置。来館者には見えない部分でも力を注ぐ。
リスクを分散
2022年2月に開館した大阪中之島美術館(大阪市北区)は、最先端の技術で自然災害に備える。統括マネージャーの上田雅則さんは「南海トラフ巨大地震などを想定した免震構造をはじめ、ハード、ソフト両面で対策を打っている」と胸を張る。
同館は堂島川と土佐堀川に挟まれた場所に立つが、収蔵庫は3階以上に設置。作品保護に不可欠な空調が途切れないよう、電気、ガス、地域冷暖房と熱源を多重化し、リスクを分散している。電気室の周囲には止水エリアと高い外壁を整備。壁面のガラス部分は強風などに備え、耐圧装置を付けている。
ソフト面では、非常時にスタッフが駆け付けられるよう徒歩圏内に数人が居住。年に2回の消防訓練は、来館者の誘導など、各自の役割を決めた上で実施しているという。
3年以上も休館
19年の台風19号で建物の一部が水没し、約23万点の収蔵品が被災した川崎市市民ミュージアムは、3年余を経た今も休館が続く。翌20年の豪雨では、秋田県立美術館(秋田市)の1階と地下1階が浸水。関係者が対応に追われた。
今年は関東大震災から100年の節目でもあるが、兵庫県内で現場を守る職員は打ち明ける。「防災の取り組みは道半ば。ただ学芸員は多忙で、非正規雇用のスタッフが長期的な対策を考えることは難しい」。火災、地震、そして風水害。貴重な作品を次代に引き継ぎ、来館者の安全を守るため、美術館や博物館が向き合う課題は重みを増している。