東京芸大の練習室ピアノ撤去へ 光熱費高騰で経費削減 学生は学業への影響を不安視
「大学の予算削減のため、2部屋のピアノを撤去することとなりました」
今月2日、ピアノ撤去に関する大学の通知を学生とみられる人物がツイッターに投稿。「予算で最優先されるべきなのは音楽を練習できる環境整備なのでは?」「芸術の高みを目指す最高峰ともいえる東京藝大。そのピアノの撤去など戦時中でもなければ考えられません」などとする声が寄せられた。
■大学「他の部屋も撤去」
同大の総務課は、電気代の高騰などの影響で大学全体として経費削減を進めていると明かし、「音楽学部では、保有台数が多く、調律代などの維持費がかかるピアノについて、設置場所や台数の見直しを行った」と説明。そのうえで、「当該練習室は器楽科弦楽専攻の練習室であり、大型弦楽器の練習にはピアノがないほうがスペースが確保でき、練習がしやすい」「主に副科(専攻以外の実技授業)ピアノの練習用に設置されたものであり、その台数は学部内で十分確保されている」と主張している。
この2部屋のピアノの撤去は17日に行われる予定で、「他の部屋も利用状況などを踏まえ、撤去は行っている」という。
■「ピアノも練習室も足りない」
「自分も使っていた練習室だったので、ピアノの撤去はショックだった」
そう語るのは、昨年3月に音楽学部器楽科を卒業した女性ヴァイオリニスト(22)。女性は、「学生の数に対して練習室もピアノも足りていない」と指摘。「副科ピアノは多くの生徒が履修しているが、自宅にピアノがない学生も多い。その練習以外にも、ピアノと演奏する曲で、和声(ハーモニー)を確認するときにも使う」と必要性を訴える。
練習室は予約がとりにくい状況が続いているといい、練習室に設置されたピアノについても、「定期的に調律しているが、老朽化していて狂いやすく、ベストな状態でないものが多い」と明かし、「元は予算がないことが問題だが、大学は学生の声を聞いてほしい」と訴える。
同じ器楽科でフルートを専攻する女子学生(19)も、「練習室は足りていない」と漏らし、大学の経費削減について、「暖房などエネルギー消費の節約は賛成できる」と節電に関しては理解を示す一方で、「音楽を続けていく環境はずっと守られていくべき」と語った。
光熱費高騰を受け、昨年12月の臨時国会で成立した補正予算で国立大の研究継続を名目に約100億円が計上された。文部科学省によると、さらに約50億円を捻出して運営費交付金の配分見直しも行い、すでに各大学に交付しているという。
■作品制作にも影響
ただ、コストカットは以前からも続いており、芸大の美術学部彫刻科で学び、同大の大学院を令和3年に卒業した男性彫刻家(30)によると、人物モデルを招く機会が予算の都合で徐々に削られ、「人体彫刻のためにモデルを招くときも、学生の人数を集めなければ許可が下りず、自分が作りたい作品を作ることが難しくなった」という。
大学は、令和元年度入学の学部学生、2年度入学の大学院生から授業料を年額20%引き上げたが、学生が普段使っている設備などの改善は進んでいないとし、男性は「教育研究機関として学生を第一に考えて運営してほしい」と訴えた。
国立大の授業料は、文科省が定める標準額が年額53万5800円で、20%を上限に各大学の判断で決めることができる。藝大は授業料引き上げによる収益の使途について、「世界の一流芸術大学と伍して行くための教育研究の高度化や、トップアーティスト育成の中核をなす『実技指導』の重点強化等に充当し、学生たちに還元します」と説明していた。
■経営合理化と成果主義で…
平成16年に国立大学が法人化し、文部科学省から支給される運営費交付金が毎年1%削減されるなど、苦境に立たされる大学は少なくない。物理学や大学教育などが専門の京都大学名誉教授、林哲介氏は、「選択と集中」により、科学技術分野を中心に成果の見られる学校に予算が集中する状況が続いていると指摘し、「運営費の減額で苦労している大学は多く、若手研究者や事務職員の任期付き雇用など、職員の待遇悪化も続いている」と問題視する。
法人化で経営体制の合理化が進むとともに、「予算獲得のため、教授も研究業績を上げることに時間やエネルギーを費やさざるを得ない状況もある」として、こうした経営の合理化と成果主義が、学生の視点に立つ教育の弊害となっていると指摘している。(本江希望)