ファッションで真に向き合うべきこと。世界へ羽ばたく新しい教育のかたち
クリエイターの育成以上に難しいことはない。クリエイターとは新しい世界を創造し、それを社会に提案する人だ。その育成方法は、知識詰め込み型学習とは志向が異なる。クリエイターには新しいビジョンを描くための、その人にしかもちえない独自の視座が求められるからだ。ではどうすれば、ユニークな視座の持ち主を育むことができるのだろうか。
山縣良和が運営する「coconogacco」はそうした極めて困難に思えるクリエイターの育成を15年にわたって続けている私設のファッションスクールである。世界最大のファッションアワードLVMHプライズで優勝したTOMO KOIZUMIのデザイナー小泉智貴を筆頭に、受講生は毎年のように国際コンペに参加、輝かしい実績を多く残している。イタリア版『VOGUE』誌が選ぶ世界のファッション学校の日本代表にも選出されるなど、海外からの注目度も高い。
ファッションレーベルwrittenafterwardsのデザイナーでもある山縣自身、ロンドンの名門美術学校セントラル・セント・マーチンズの卒業生だが、「coconogacco」で西欧の教育システムを再現するつもりは開校当初からなかったという。
「クリエイションやデザインには、技術のほか、別の思考のプロセスが必要です。そのためには社会のなかでファッションが果たしている役割を俯瞰できるリベラルアーツ的な視点が必要不可欠です。日本にいながら世界で勝負するには、世界のファッション文脈を理解すると同時に、アジアや日本で生まれた深層心理に根づく概念や価値観と向き合う必要もある。ですから『coconogacco』では、受講生が自らのルーツに向き合い、当事者研究をすることをとても大切にしています」
当事者研究とは、自己と他者の共同研究によって「自分を他人のように考える」自己発見のアプローチだ。統合失調症などの回復にも成果を上げていることから、近年精神医療の領域で注目を集めている。
「自分のルーツや興味をもっていることをリサーチしていくと同時に悩みやコンプレックスに向き合うと、おのずと社会問題や歴史を意識せざるをえなくなってくる」
また、自分を深く知ることは、他者の理解や鑑賞眼の向上にもつながる。
「最初は好き嫌いで判断していた受講生も、作者のバックグラウンドを知ることによって他者の作品を奥行きをもって理解できるようになる。そうなると、自分のルーツとの差異が認識できるようになり、クリエイションも深まっていく」
「自身のルーツと向き合う」こと。「自分らしさを深く認識する」こと。それこそがクリエイターが世界に羽ばたくために欠かすことのできないステップなのだ。
山縣良和◎writtenafterwardsデザイナー、coconogacco代表。1980年鳥取生県まれ。2008年coconogacco設立。15年LVMHprizeに日本人初ノミネート。19年The Business of Fashionが主催するBOF 500に選出。21年毎日ファッション大賞鯨岡阿美子賞受賞。