はじめての美術館はどこに行く? 「ミュージアム・マニア」青い日記帳のTakがご案内(上野編)
とは言っても映画やライブと違いひとりで行くのはとてもハードルが高く感じるのが美術館や博物館です。目に見えない堅牢な壁が、いちげんさんを拒んでいるかのように思え中々腰をあげられないのではないでしょうか。
そこで30年以上にわたり年間数百回、美術館・博物館に足を運び続けている「ミュージアム・マニア」を自称する不肖私が、はじめて美術館を訪れる人、ビギナー向けに楽しみ方やノウハウをお伝えする「はじめての美術館」シリーズを立ち上げました!エリアごとに6回に分け紹介していきます。これを読めば高い壁もぐんと低くなり、すぐにでも出かけたくなるはずです。
常設展示が充実の上野へ!
第1回目は上野エリアにあるミュージアムを巡ってみましょう。いきなりですが、上野駅のすぐ近くにユネスコの世界文化遺産があることをご存知でしょうか。アメ横や西郷隆盛像しかとっさに頭に浮かびませんが、駅の目の前に世界遺産の建物があるのです。それが2016年に「ル・コルビュジエの建築作品―近代建築運動への顕著な貢献―」として登録された
国立西洋美術館
です。インドのチャトラパティ・シヴァージー・ターミナス駅のように駅舎自体が世界遺産になっているのを除き、世界でももっとも駅近の世界遺産が上野にあるなんて意外な盲点です。国立西洋美術館は、現代の西洋建築の基礎を築いたフランスを拠点に世界で活躍した建築家であるル・コルビュジエが、設計した日本で唯一の建物です。そんな建造物としての魅力や価値も高い国立西洋美術館をまずご案内します。
その前に豆知識を。美術館・博物館はいつ行っても作品が観られる展示室と、年に数回の企画展(例えば「ゴッホ展」等)を開催する展示室を備えているのが一般的です。前者を常設展、後者を特別展と呼びます。ただしすべてのミュージアムが常設展を有しているわけではありません。上野エリアだと
上野の森美術館や東京都美術館、東京藝術大学大学美術館などは特別展を専らとしており常設展はありません。
逆に、国立西洋美術館や東京国立博物館、国立科学博物館
は十分すぎるほどの常設展示スペースを有しています。隅から隅まで全部見ようとしたら到底一日では足りません。上記の3館をハシゴするなんて初心者どころか上級者でも困難です。上野エリアの特徴のひとつとして常設展が充実しているミュージアムが多いことがあげられます。このことはとても大きな魅力であることは何回か通っていくうちに自ずと分かってくることでしょう。
質の高い西洋絵画がいつでも見られる西美
さて、世界文化遺産の国立西洋美術館に話を戻します。まずはいつでも名画が観られる常設展に行ってみましょう。気になるチケット(観覧券)ですが、コンサートや観劇と違い前売りではありません。当日窓口で直接購入します(オンラインでの事前購入も可能)。このいつでも好きな日や時間に、ぶらりと行けるのが他のエンタメにはないとても大きな魅力と言えるでしょう。コロナ禍で人気の高い特別展は事前予約制が増えましたが、常設展であれば気が向いたときに観られます。しかも驚くことに観覧料はたったの500円(一般)!スタバのフラペチーノよりお安い冗談のような金額で西洋名画がたっぷりと観られるのです。
チケットを購入し展示室に入る前に上着や荷物などをコインロッカーに預けましょう。どの美術館にも必ず無料で利用できるロッカー(コイン返却式)が用意されています。展示室内は年間を通して一定の温度・湿度が保たれている(絵画は温湿度にとても敏感なのです)ので、自宅のリビングで過ごすときのような服装がもっとも適した服装となります。またリュックや大きなかばんは他の人の邪魔になるだけでなく、作品に接触したりしたら大ごとです。
絵画の鑑賞と撮影は峻別すべし
国立西洋美術館の常設展は一部の作品を除き基本的に写真撮影が可能なので、スマホもポケットに入れておくとよいでしょう。もしくはサコッシュやエコバックなどにスマホや財布などを入れ鑑賞するのもおススメです。また後日別の機会に書きますが「美術館7つ道具」のうちのひとつがこの鑑賞時のお供(小さなバック類)です。
ただし写真が撮れるというのは諸刃の剣で自分の目で作品を鑑賞するというもっとも大事な行為を阻害してしまう危険性をはらんでいます。撮影することや映える絵面を探すだけで終わっては何のために美術館に来たのだか分からなくなってしまいます。そうならぬように自分は、まずは撮影を一切行わず、絵を観ることだけに集中するように心がけています。そして一通り見終えた後に、印象に残った作品や写真に残しておきたい作品だけまとめて撮る「撮影タイム」を設けています。こうして観ることと撮ることを別々にすることで、ふたつの行為が混在することなくどちらも満足でき、結果的に何倍も楽しめることになります。
「マイ西美トップ3」を選ぼう
国立西洋美術館の常設展は、14世紀のキリスト教絵画から、第二次世界大戦後に描かれた抽象的な作品まで時代順に展示されており西洋美術のおおまかな流れをつかめるバランスのよい展示が待っています。はじめのうちは下手な知識を持たずに自分の気に入った作品を3点選ぶようにして観ていくのがよいでしょう。配色が自分の好みだったとか、描かれている少年がとても愛らしかったとか、言葉に表せないけどひどく惹かれたなど簡単な理由も添えながら「マイ西美トップ3」を選びましょう。絵のすぐ近くには作家名やタイトルなどが記されているのでそれもメモ(または撮影)し、帰宅途中にどんな画家なのか、何が描かれていたのかを調べると一歩踏み込んだ深い鑑賞体験となります。ミュージアムショップにお気に入りの作品のポストカードがあれば迷わず買って帰り裏面に簡単な感想を書いておくのもオススメです。
映画やドラマの舞台でもおなじみのトーハク
もう一ヶ所、上野でつねに名画が観られるのが東京国立博物館です。博物館に絵画があるの?と疑問に思うかもしれませんが、仏教美術や絵巻、武将たちに愛された屏風絵に江戸時代の庶民を虜にした浮世絵など博物館にも絵画作品はたくさんあるのです。東京国立博物館(トーハク)の常設展は、作品保存上の理由で定期的に展示替えを行っているので常設ではないため総合文化展と称されています。事前予約は必要ないのでこちらも気が向いたら好きなときに見に行けます。
ただし、国立西洋美術館の何倍もの展示スペースがあるので時間にある程度余裕がないと展示を観て回れないので注意が必要です。展示館は、本館、東洋館、法隆寺宝物館、平成館、黒田記念館、表慶館(特別展、催し物開催時のみ開館)と全部で6つもあり、すべて観るには時間と体力を要します。日本でもっとも長い歴史を持つ博物館トーハクへ出かけるにはある意味「覚悟」が必要です。なお、本館と表慶館は建物自体が重要文化財に指定されており、数多くのドラマや映画、CMの舞台としても使用されています。
トーハクで展示されている作品の多くは日本や東洋の絵画で、紙や絹に自然由来の顔料(絵具)で描かれているため脆弱で、西洋絵画と違って光に弱く、長期展示ができないため年に何度も展示替えがあります。もっとも新陳代謝の激しい展示室と言えるでしょう。つまり、いつ観に行っても新しい作品に出逢えるのがトーハクの大きな魅力のひとつと言えます。逆にピンポイントで例えば、日本史の授業で習ったので、国宝《松林図屏風》が観たい!と思い出かけても観られないことのほうが多いので、そんなときは公式サイトに掲出されている「本日の展示」をチェックして行きましょう。
小さな美術館も盛りだくさんの上野エリア
はじめて行くのに、大きな美術館や博物館は体力的にちょっと無理......という方は、朝倉彫塑館や弥生美術館・竹久夢二美術館
はどうでしょう。都会の喧騒とは無縁の場所にひっそりと建っていますが、どちらも建物も含めて素敵な展示に出逢える美術館です。駅からテクテクと街歩きを楽しみながらガイドブックに載ってない東京の魅力を発見できるはずです。
今回は常設展の充実している国立西洋美術館と東京国立博物館をメインに上野を案内してきましたが、興味深い企画展(特別展)を開催している、東京都美術館、上野の森美術館、東京藝術大学大学美術館等々、個性的な美術館も数多くあります。まずは一年間上野エリアだけに絞り込み、ミュージアム巡りをするのもよいでしょう。西洋絵画から日本美術、現代アートまであらゆる作品が常にどこかで展示されています。
ウェブ版「美術手帖」では全国の美術館・展覧会情報
を知ることができます。エリア検索で「すべてのエリア」→「『東京』→『上野・日暮里・秋葉原』」で絞り込み、興味のある展示がないか探してみましょう。すこしでも琴線に触れそうな展覧会があったら、重い腰をあげて美術館へ出かけてみましょう。