弘前れんが倉庫美術館で見る⼤巻伸嗣。青森の地でたどり着いた死生観を体感する
大巻は1971年岐⾩県⽣まれ、神奈川県在住。「存在」とは何かをテーマに制作活動を展開し、環境や他者といった「外界」と、記憶や意識などの「内界」、その境界である「⾝体」の関係性を探り、三者の間で揺れ動く、曖昧でとらえどころのない「存在」に迫るための空間創出を試みてきた。
本展では、近年の代表作のひとつである「Liminal Air
Space-Time」シリーズをはじめとした、新作インスタレーションを中心に展示。本展に際して大巻は青森県内各地の風物や自然、信仰などを取材し、その結果たどり着いた死生観を各作品に込めたという。
会場入口では、柏の葉を模した《Oak Leaf-the
Given-(Right)》(2023)が来場者を迎える。弘前市鬼沢地区には、鬼が腰掛けたという伝説のある柏の木があり、本作はそれをモチーフにしたものだ。大巻は、春になり新しい葉が芽吹くまで落葉しないという柏の葉を、生と死を経て次世代に向けて引き継がれていく人間の営みと重ね合わせ、本展の目指すところを冒頭で示した。
照明のない暗がりの展示室には、《sink》(2023)が展示されている。天井には明かりに照らされた穴が空いており、ここから光の玉が静かに落ちてきては、地面にたどり着く前に煙となって消えていく。地面に敷き詰められているのは、リサイクル施設で廃棄物を高温で処理した際に発生した「スラグ」だ。人類の日々の営みが蓄積したともいえるこの「スラグ」に向かって、生まれた光の玉が落ちて消えていくその様は、大巻が青森でたどり着いた死生観を表現したものと言えるだろう。
さらに暗がりを進むと、真っ白な平面の作品《Echoes
Crystalization:Horizon》(2023)が浮かび上がる。近づいてみると、そこには修正液と水晶を混ぜた画材によって花々が描かれていることがわかり、さながら突如として出現した桃源郷のような印象を見る者にあたえる。大巻は本作について「人類が理想としながらも決してたどり着けないイメージを表現した」と語る。
いっぽう、本作の対面には《Depth of Shadow―Vanishing Potint―》(2023)が、まるで《Echoes
Crystalization:Horizon》という光に対する影のように配置されている。円錐状に消失点を現すくぼみは理想の対局にある陰であり、本展示室ではこの陰陽が同時に存在することで成り立っている。
《KODAMA》(2023)は、木が林立する暗い森のなかで、キツツキの声を聞くような作品。大巻は弘前の森の中で、交信するようにキツツキが木を叩く音を聞いたという。人と人、近くと遠く、この世とあの世といった世界と世界をつなぐ交流に思いを馳せながら本作は制作された。床には海岸で大巻が拾得した様々なものが置かれており、海もまた交信の場であることが示されている。
《Liminal Air Space-Time:事象の地平線》(2023)は、大巻を代表する作品シリーズ「Liminal Air
Space-Time」の新作だ。大巻が青森県内で見て畏怖の念を感じたという、海辺の波のイメージから着想したもので、作品からは津軽の人々の声を集めてつくられたという怒涛のような音が聞こえてくる。本作は展示室の吹き抜けの2階部分からも見ることができ、自在に変化する波を様々な場所から体感することが可能だ。
大巻が自ら再構築した世界地図を修正液で描いた《Flotage》(2023)と、その上でゆっくりと回転する構造物《Luminal Air ―core― 天
IWAKI》(2023)と《Luminal Air ―core― 地
IWAKI》(2023)。弘前のシンボルである岩木山が生む空や大地といった風景をモチーフに、緊張感のある場をつくり出している。
《Echoes Infinity
―taril―》(2023)は市民参加型の作品で、花々を岩絵具で床一面に描いたもの。まるで極楽浄土のようなこの明るい部屋の中央を歩くことで、展覧会の幕が閉じていく。
様々な手法を巧みに組み合わせながら、青森という地を題材にそこにある光と影をとらえようとした本展。土地の持つ可能性を、様々な視点から導き出す展覧会だ。