「ビルケナウ」が語るもの ゲルハルト・リヒター展
リヒターには、戦死した叔父、ナチスの優生思想の犠牲になった叔母といった家族の記憶をモチーフにした作品がある。けれどもリヒターにはより困難な、しかし避けては通れない課題があった。ドイツ人画家として、ホロコーストをどう表現するのか。長年の葛藤の末にたどり着いた境地が、4枚組みの抽象画「ビルケナウ」(2014年)だ。東京国立近代美術館(千代田区)で開催中の「ゲルハルト・リヒター展」で、日本初公開されている。
画家はアウシュビッツ=ビルケナウ強制収容所で隠し撮りされた写真をキャンバスに描きうつし、その上にスキージ(ヘラ)で絵の具を塗ったり削ったりして重層的な抽象画に仕上げた。作品名を知らなければ、絵の下層に凄惨な光景があるなど想像もできないだろう。
展示室では4枚の抽象画と、それらをデジタル撮影した同寸の写真バージョンを向かい合わせに配置。さらに、元になった強制収容所内の写真4点と、鏡の作品も置かれ、一つの空間を形成している。
「ビルケナウ」のイメージは、写真で複製されるとともに、鏡の中でどんどん拡張していく。ホロコーストは、ある時代の狂気が起こした一度限りの悲劇ではない。世界の中で、想像を絶する暴力がいまなお続いている現実を、まざまざと突きつける。10月2日まで。月曜休(祝日は開館し翌日休)。(黒沢綾子)