私と新聞 情報発信に「品位」と「責任」 作家 林真理子さん
■家族で親しんだ新聞
子供の頃、実家では両親が2紙を購読しており、新聞は「読むもの」と思って育ちました。小学校から帰ると、すぐに宿題をしたくないので新聞を開く。読んでいる間は「勉強をしろ」とか「手伝いをしろ」などと言われないことを幸いに、隅々にまで目を通していた記憶があります。
ある時「東京タワーに行きたい」との願いを書いた幼い私の詩を母が新聞に投稿してくれ、掲載されたことがあります。父も母もよく新聞に投稿をしていました。書店を営んでいた母は「新聞はその家の文化・教養の柱だ」と語っていたことを思い出します。その日の記事に関し、みんなで語り合うような家庭ではありませんでしたが、大人は新聞に敬意を持ち、新聞に親しむ姿がありました。
大学に入学し、親から仕送りを受けながら1人暮らしを始めてからも、就職口が見つからず4畳半のアパートで過ごしていたバイト時代も、自分で契約をして新聞を購読していました。
新聞を読む市民であることに意義を感じていたのだろうと思います。貧しい生活を送ってはいましたが、いずれきちんと就職するつもりで、いつかは「軌道修正」をするためにも、新聞を読まなくてはとの気持ちがありました。
新人作家としてスタートした頃、新聞で初めて連載小説『戦争特派員』を持たせてもらったのはサンケイ新聞(現・産経新聞)の夕刊。締め切りに追われながら、書いていたことを思い出します。
■論理的思考を鍛える
自宅では現在、全国紙2紙とスポーツ紙1紙を購読しています。これまで午前中は新聞や雑誌を読んだり手紙を書いたりしながら過ごし、昼食後に小説を書き始めるといった生活を送ってきました。今は朝から理事長を務める日大に行っています。会議も多く、合間に勉強もしなくてはいけない。小説を書く時間は持てずにいますが、新聞は毎朝40分くらいかけて読んでいます。
紙面を開くと職業柄、書籍や雑誌の広告の扱いが気になりますね。まずはラテ欄(番組表)、社会面から見始め、ニュースを走り読みしつつ、面白そうな記事に目をつけていく。新聞は一覧性があり、関心を持てていなかった情報も目に入ってくるところがいいですね。戦争が続く国の兵士のインタビューなど電子メディアでは読むはずもなかったであろう記事と出合い、考えさせられることも多い。共同研究や再編・統合など、大学間のさまざまな動きを知るのにも役立っています。
私は論理的な文章を書くのが実は苦手なのですが、専門家らが意見を寄せるオピニオン記事や各紙の論説などは、筆者の伝えたいメッセージが短い文章に凝縮されている。筋道を立てながら、結論を導き出していく文章の書き方はとても勉強になります。
■深刻な活字離れ
しかし、今の若い人たちの多くは新聞を読まない。そもそも親世代が新聞や本を読まなくなってきていますから、若い人たちにいくら「読もうよ」と言っても響いていかない。昔は本を読まないという人でも雑誌は読んでいたものですが、雑誌さえ読まれなくなってきている。これまで講演などを通じ、活字文化の大切さを訴えてきましたが、無力感も感じています。
新聞は論理的に構成された読み物であり、品格がある。そして、新聞ごとに個性があるということを知るのもまた面白い。
今は大学入試や就職試験など読解力や文章力が問われる場面は増えています。新聞は読解力を磨き、いい文章を書くためのお手本として見直されるべきです。
判然としない情報や雑然とした言葉があふれる交流サイト(SNS)を見ているだけで文章力が身につくはずはない。若い人たちには緻密に構成された文章に触れてほしい。そして新聞を読むことで、言葉、情報を発信する側には、品位と責任が求められるのだということも知ってほしい。
日大では学生らが望んだ作家を招き、講演してもらうことも企画しています。作家が理事長になったことで活字離れに多少の変化があることを望んでいます。「新聞を読もう」「本を読もう」とのメッセージを今後も発信し続けたいです。
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林流 読むポイント
・走り読みで面白そうな記事に目をつける
・論理的文章の構造を意識して読む
・毎日読むことで読解力と文章力を磨く
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はやし・まりこ 昭和29年、山梨県生まれ。日本大学芸術学部卒。コピーライターを経て、57年に発表したエッセー集『ルンルンを買っておうちに帰ろう』がベストセラーに。61年に『最終便に間に合えば』『京都まで』で直木賞。以後『白蓮れんれん』で柴田錬三郎賞、『みんなの秘密』で吉川英治文学賞など多数の文学賞を受賞。令和4年7月、日本大学理事長に就任した。