日本SF大賞『大奥』:よしながふみの斬新さはどこにあるのか

2004年から16年にわたり少女漫画誌で連載され、21年2月に全19巻のコミックスが完結したよしながふみの『大奥』。男女の立場が逆転した江戸時代を舞台に、徳川幕府の女将軍たちを巡る愛憎を描き、国内外で「改変歴史SF」としての評価も高い。青年漫画誌で連載中の『きのう何食べた?』は中年のゲイカップルの日常を描く。両作品とも幅広い人気を得て、テレビドラマ化・映画化もされた。改めて、よしながワールドの魅力をひもとく。
【以下の内容はネタバレを含みます。】
江戸時代の三代将軍家光の時代に、男だけがかかる赤面疱瘡(あかづらほうそう)がまん延し、男性人口は激減、百姓、商家、武家まで一家の大黒柱となる働き手や後継ぎを失う。家光もこの疫病で亡くなり、ひそかに家光の隠し子である娘が将軍職を継ぐ。やがて女将軍が当たり前の男女逆転の世の中になっていく。これがよしながふみの描く「歴史のif」の世界だ。
「男女入れ替わり」のモチーフは、古くからある。代表的なのは平安時代の『とりかえばや物語』で、同作を基にした少女マンガもある。手塚治虫は『リボンの騎士』(1953~56年)で男女両方のハートを持ち、ハートが入れ替わると人格まで変わる主人公を描いた。一世を風靡(ふうび)した池田理代子の『ベルサイユのばら』(1972~73年)では、男装の麗人オスカルがフランス革命に身を投じる。
「よしながふみの『大奥』は、姿かたちではなく、男女の社会的地位を丸ごと逆転させて歴史を読み替えているところが特徴です」とマンガ研究家・ヤマダトモコ氏(明治大学 米沢嘉博記念図書館スタッフ)は言う。
男家光の乳母だった春日局は、女家光の世継ぎをつくるためのシステム、「大奥」を確立して美男の“種馬”を集める。また、男性の急減を外国から隠すために鎖国を断行する。吉原も遊女ではなく庶民の女性が子どもを作るために男を見立てる場所となり、力仕事も女がこなす。
「いきなり男女の役割を逆転させるのではなく、社会を動かす中心的存在に女性を据えるまでの過程が納得できる、破綻のない世界観を作り上げました。しかも、最後には、私たちの知っている“本当”の歴史に戻す。これだけ巧みな仕組みの物語は例がなかったので、国内のみならず、海外でも早くから評価されたのではないでしょうか」