国立新美術館で「桜」の風景に入り込む。ダミアン・ハーストの日本初大規模個展が開幕
白いキャンバスにカラフルな色の斑点を規則的に配する「スポット・ペインティング」や、サメや牛などの動物の死体を輪切りにしてホルマリンに保存する「自然史」などのシリーズで広く知られているハースト。10年の歳月を費やした彫刻プロジェクト「難破船アンビリーバブル号の宝物」を経て、2018年より最新作「桜」シリーズの制作を開始。丸3年をかけ、20年11月には合計107点の作品を完成した。
昨年、パリのカルティエ現代美術財団のゼネラルディレクターであるエルベ・シャンデスの招きに応え、ハースト自身が「桜」シリーズから選んだ29点の作品が同財団で初めて公開。今回の東京展では、パリの展覧会をベースにしながら、国立新美術館の空間にあわせてハーストが選んだ24点の作品が展示されている。
会場は3つの展示室に分けられている。天井高が5メートルにおよぶ国立新美術館の展示室に並ぶのは、すべて縦2.7メートル以上の大作。なかでも縦5メートル、横7メートルを超える《この桜より大きな愛はない》(2019)は本展のクライマックスだ。
パリ展のためにつくられたドキュメンタリーにおいて、ハーストは「桜」を描くきっかけについて次のように語っている。
「ベール・ペインティング」を描いていたとき、それが木のように見えた。「ベール・ペインティング」では、実際に絵のなかに15センチほどの奥行きを出すことを試した。ドットの奥に何かが見えるような感じにしようとした。そのとき、自分がしていることがわからなかったが、それは奥行きがある抽象絵画のようなものだった。そういったことを通じて、「ベール・ペインティング」は庭や木々みたいだと気がついた。それで「木を描けるかもしれない」と考えたが、「単純すぎないか?」とも思った。俺が子どものとき、母が桜の絵を描いていた。4、5歳のときに母が家で油絵を描いていたのを覚えている。母親は俺に油絵具を使わせようとしなかった。洗えないし、汚れちゃうからね。だからこそ、俺はいつも絵具に魅了され、遊びたいと思うようになった。そこで、抽象と具象について考えるようになった。ただ木を描いても、芸がないように見えるだろう。でも、抽象的でありながら、具象的でもあったら、このふたつの世界を行き来できる。試してみようと思った。母の桜を思い出し、「桜を描けばいいんだ」と考えたんだ。(展覧会図録より抜粋)
国立新美術館の学芸課長・長屋光枝は「美術手帖」の取材に対し、次のようなコメントを寄せている。「日本では、動物を水槽のなかでホルマリン漬けにしたハーストの『自然史』シリーズが非常に有名だが、絵画をずっと探求していることはあまり知られていない。(彼は)若い頃から色々な絵画シリーズをつくっており、印象派や抽象表現主義にも非常に意識している。今回の展覧会では、過去作品を引用しながら新しい絵画をつくっていくというところをぜひ見ていただきたい」。
鮮やかな色彩で覆われた巨大なキャンバスで、具象と抽象のあいだを行き来する広大な桜の風景のなかに入り込みたい。