学芸員が見た「美術館 学芸員のラップバトルトーナメント」
&にわかには信じ難かった。
まず、岡山県立美術館(以後、県美)の主催事業であること。私の実家(最初に10年務めた館)であり、我が身のやったことを振り返っても、それほど硬い館だとは思わってはいないが、逆に「いきなり、これやる!」というのが偽らざる心情。
次なる理由が、あの県美の200席を超えるホールのステージ上で、作品への愛をラップで語るスキル&度胸がある学芸員が4人もいること! それも、トーナメントなら、1人2作品は用意しなくてはいけない。パワーポイントを使ってのレクチャーと、どっちの仕込みが大変なのだろう......。とかいうレベルの話ではないか。
それから気になったのが、1月9日(月・祝日)午後2時に、いったいどんな人が聴衆となり、どのくらい集まるのだろうか?ということ。ラップバトルゆえ、ステージは必須だろうけど、200席を超える客席が相応に埋まらないと、それはそれで恰好がつかない。日ごろ、美術館のレクチャーやシンポジウムに集まる客層とは違うだろうし、いっぽう、そうした日ごろからの固定客層では、ラップバトルにふさわしいノリをつくれないだろうし......。
そんなこんなが頭の中を渦巻いて、最初の告知を見た瞬間に、当日の休みを確保して、年を越した。
それにしても事前告知のHPやフライヤーを見ると、さらに!が増す。バトルに挑む4人はこんな感じ。
〇阿弥陀ガチ「来い」勢
岡山県立美術館 S氏
阿弥陀仏大好き学芸員。ラップバトルでも結縁できると聞いて参戦。
〇NO考古、NO LIFE
倉敷考古館 B氏
月曜日は欠かさずフィールドワーク。軽四自動車で1日500Km移動する。
〇工芸品を愛してウン十年
林原美術館 H氏
地元岡山の備前焼を筆頭に、工芸品への愛は誰にも負けません!
〇クテシフォンの使者
オリエント美術館 S氏
古代ガラスの謎にせまっているうちに、このバトルにたどり着いてしまった。
それぞれ凝ったポーズの顔写真に、キャッチ―なデザイン。日ごろ手掛ける、展覧会のPRチラシでは、まず採用しないような絵づらだが、そこに学芸員自らが表象されると、これほどインパクトが生まれるものなのか!
企画協力には、株式会社遊覧座とあるので、こちらの仕込みだろうと調べてみるが、なるほど!な活動。それに、Weapon the
RhimeとBISCOの二人のラッパーの存在も知らされている。
そして期日も迫る1月7日(土)、山陽新聞の全県欄に告知記事掲載。
岡山県全域で、ほとんどみんな読んでいるような新聞で、相応の面積をとっての掲載。出場4名の実名も明らかに。
岡山県立美術館 S氏=鈴木恒志さん、倉敷考古館 B氏=伴祐子さん、林原美術館 H氏=橋本龍さん、オリエント美術館 S氏=四角龍二さん。それぞれの年齢入りで紹介。
そして、事の発端は、遊覧座代表の斗澤将大さんが、「会合で同席した鈴木さんが語った阿弥陀愛に感銘を受け発案」であり、東京で活躍するラッパー2名は進行役を務め、勝敗は審査員2名と観客が決めるとのこと。
そこでまたむくむくと興味が沸く。
「審査員は誰だ! 1名は県美の守安館長か?」
そこからは、誰が審査員だったら面白いかと、一人妄想が膨らむ。守安さんのみならず、こうした活動を面白がれる業界の先輩たちもいれば、いっそ、みんな日ごろから一緒に作業(旅)している日本通運の作業員の誰かとか?
いずれにしても、岡山の美術館業界を取り巻く共通の存在は多いぞ!
ところで、こうして4人の学芸員が登場するに至るには、岡山県域には相応の土壌がある。私も新卒1年目からほんとうにお世話になってきたが、岡山県域近隣の学芸員や大学教員による私的な懇親&勉強の集まりとして「岡山学芸員会議」なるものがある。美術館や寺社仏閣を巡る旅に出たり、大酒を飲んだりするのだが(創設当初は勉強会もあったそうだが、ある時、発表者以外全員寝ていたことがあり、自然消滅となったと伝え聞く)、そうした場で他館の先輩にもお世話になり、そしてそのつながりが本務でのまじめな活動にもつながってゆく。こうした日ごろからの付き合いの濃さがあるので、まずは鈴木さんから灯った火が、あれこれ伝わって、今回のような出来事にもつながったと容易に想像できる。それにしても、みんな良く思い切った。
そして迎えた本番当日。まず始まる前に驚かされた。
開始に少し余裕を持ってと20分前に県美に行くと、入館券売り場から長蛇の列。そして会場の2階ホール前にも人が待たされている。聞けば、13時30分開場時には、すでに大勢の人が並んでおり、急ぎ、残り席数を確認しているという。そうしている間にも、私の後ろの列がドンドンと長くなり、結局30名近い人が入場不可となる。
おそらくは感染拡大をケアして、間隔をあけ定員が少ないのだろうと思って入ってみると、なんと座席をフル使用。つまり会場定員200名超が満杯。どんな人が来ているのだろうかとフラついてみるが、あまり知った顔はいない。そして、老若男女バランス良くいらっしゃる。これは事後的にわかってきたことだが、まず会場には、それぞれの出場者(館)の知り合いがソコソコ(私も)。そして、相応に美術館に足を運ぶ一般の方が大半。でも、若者のほとんどはtwitterなどで知り「面白そう」とやってきた様子。それゆえ、各種SNSで事前周知も、事後的な報告も多くUPされている。
さて開演前、顔を合わせた出演者に聞くと、誰が審査員なのかを知らされていなかったという。そして、2日前に出演者のひとりが新型コロナウイルス陽性反応となったことは知らされたが、代替者がいるのか? いるなら誰なのかと、そちらも気になるという。そんな秘匿具合ゆえ、ますます期待が高まる。
14時いよいよスタート。立派な音響設備。照明も既存設備を使って、丁寧に調整。そして、Weapon the
RhimeとBISCOのお二人が、立派なラップでご挨拶。そしてそのまま場を盛り上げるMC。
それからルール紹介。4名によるトーナメント形式。つまり2回勝つと優勝。てっきり、歌合戦のようにそれぞれ用意したリリックをご披露するのかと思っていたが、対戦は、8小節2回がひとまとまりで、それを前後半順番を入れ替えて対戦者がラップするとのこと。ということは、相手の内容に応じて、当意即妙にやるのもあり(やらねばならぬ)フリースタイル。内容は、お互いに美術に対する熱意をぶつけ合えば、尊敬を込めたディスりもOK。勝敗は、観客の拍手1点、審査員2名が各1点でジャッジ。
注目の審査員は、新見美術館学芸員の徳山亜希子さん、そして将来の黒住教8代目にして、岡山の色々な楽しいことに尽力している黒住宗芳さん。若いお二人にナイスな人選と納得。
いよいよ1回戦第1試合。林原美術館の橋本龍さんVSオリエント美術館四角龍二さん。
MCのお二人が青コーナー、赤コーナーと別れ、各々からの出場者をコールし、そのままセコンドのように支援。最初に登場の橋本さんは、事前のPR写真と同様に和服姿に能面をつけ登場。いっぽう、四角さんは、橋本さんの装いを見て、急遽歩いて1分の自館まで取りにいったコインが縫い付けられた派手なジャケット姿で登場。
そしてラップバトル。大きな映像で、作品を映し出してのラップゆえ、相応に中身は固めてきたようだが、やはり先攻後攻順番を入れ替えてのやり取りゆえ即興性が大切。ギャラリートークなら延々と淀みなく喋り続ける芸達者な四角さんだが、相応にリズムに乗った橋本さんの巧みな進行で面白い対戦!
ジャッジは、まずは会場からの拍手。しかし、あまりの熱演に二人ともに拍手をしたかのような会場いっぱいの拍手。MCの仕切りで「1人1回」として、もう一度拍手をしてみても、やはり同じような拍手。それゆえ、客席点はドロー。結果は、審査員に委ねられるが、青コーナー橋本さんに2本の青旗!
続いて2戦目は、岡山県立美術館の鈴木恒志さんVS倉敷考古館の伴祐子さん。しかし、ここで陽性反応者は、事の発端をつくった最年少の鈴木恒志さんであることが判明。それゆえ、伴さんは不戦勝。というか、いきなり決勝戦のハンデを負うことに。
それにしても、功労者の鈴木さんの欠場は残念ということで、彼がつくった阿弥陀さまリリックをMCのお二人で披露。会場は、ここでも大盛り上がり。
さらに、なんとエキジビションマッチあり。対戦者は、岡山県立美術館の学芸課長福冨幸さんと、総務課長の渡辺健さん。注目は渡辺さん。まさに県庁職員という上下グレースーツにネクタイのいでたちで、MCとのやり取りもTHE公務員。そしてお二人のやり取りは、まだ照明設備がLED化されない展示場を嘆く学芸課長に、県庁から予算を取るのが難しいことを説く総務課長という内容。会場はウケた!
エキジビションとはいえ勝敗は決するのだが、会場拍手はまたもイーブン。そして審査員二人とも渡辺課長に旗。福冨さんも嬉しそうに拍手を送る光景に会場も盛り上がります。終了後も、「優勝は総務課長さんよね」という声が聞こえてくるほど、今回は渡辺さんの存在が、ほんとに良いスパイス。引っ張り出されて大変だったでしょうに、ほんとうにご登場ありがとうございました。
そして決勝戦。橋本さんと伴さん。
四角さんもだったが、バトルとかディするとかのエッジの立った感じではなく、この決勝も、お互いが「はじめまして」の丁寧な挨拶から始まり、いつの間にか、お互い褒めあっていく進行に「あ~いいもんだな~」と気持ちが安らぐ。橋本さんラストのリリックは、倉敷と言えば大原美術館が有名で、考古館はそれに対して影が薄いけど、とちょっとだけディスりが入るが、子供の頃に行ったことあるし、今度うかがったら伴さん案内してくださいという、なんとも泣けてくる内容。
会場のジャッジは三度ドロー。そして、審査員の採点は、橋本さんに青旗2本で、優勝者決定。
ちなみに、会場には6台のテレビカメラ。なかには全国キー局も。夕方のテレビニュースでも相応の尺で取り上げられたし、SNSも伴って、この告知効果は、各館の名前のみならず、美術館という存在にとっても大きなインパクトを残すだろう。しかしそれ以上に、会場にあふれた温かい気持ちと熱気。そしてたくさんの方が、終了後に県立美術館の所蔵作品展示場に向かってくださったのが「あ~ほんとに良い出来事だった」と思わせてくれた。