さらば中田宏樹八段…藤井聡太竜王を極限まで追い詰めた「デビル」、鬼手△6二銀引き出し名を残す
1985年に21歳でプロ入りした中田八段は、鋭い攻め将棋で鳴らし、淡々と相手玉を仕留める様子から「デビル」の異名を取った。86年度は羽生善治九段と並んで勝率1位と活躍。91年には王位戦で挑戦者になり、谷川浩司十七世名人に敗れた。竜王戦では、2002年に挑戦者決定三番勝負まで勝ち上がったが、惜しくも竜王挑戦はかなわなかった。
輝かしい棋歴を持つ中田八段だが、ベテランの域にさしかかると、若い頃のようには勝てなくなっていた。それでも2019年、竜王戦4組の藤井聡太戦できらめく駒運びを見せた。相矢倉の戦い。藤井竜王は「攻め駒をどう配置するかの構想で中田八段に上回られ、中盤からかなり苦しくなりました」と振り返る。第1図は藤井竜王が△2三金と力強く受けた局面だ。
ここから飛車を引いて指す順もあったが、中田八段は▲2三同飛成と飛車を切る最強手で応じた。「デビル」中田八段らしい踏み込みで、以下△同玉▲7一角と進むと、後手は収拾がつかなくなった。藤井竜王は「中田八段の飛車切りが素晴らしい一手で、勝機はほとんどなくなったと感じました」と述懐する。そして中田八段が勝勢の終盤、鋭い手つきで▲5四歩(第2図)と打った。控室で観戦していた棋士らは、決め手だと思った。ところが……。
「藤井さん、投了するんじゃないか」。そんな声があがるなか、持ち時間を使いきって1分将棋となった藤井竜王は△6二銀(第3図)とタダの位置に引いた。控室で「ひえー」と悲鳴があがる。残り時間を全てつぎ込んで▲6二同竜と指した中田八段の手から、白星がこぼれ落ちた。先手の竜の利きが7筋からそれたことで、△6八竜から詰まされてしまい、劇的な逆転負けとなった。
終局後「ずっと形勢はいいと思ったけど、読み切れなくて」と苦笑いした中田八段。「着地できなかったのは実力です」と語った。後に藤井竜王は「あの将棋は構想力、形勢判断で中田八段が上をいっていて、完全に負け将棋でした。とても学びが多い一局だったと思います」と振り返っている。