彩時記 重陽 延寿願う秋の節句~9月・長月~
東京・日本橋にある福徳神社(東京都中央区)の禰(ね)宜(ぎ)、伊久(これひさ)裕之さんがこう教えてくれた。
「江戸時代の書物には『栗子飯(栗ご飯)を食い、菊花酒を飲む』とあります。さらに、くんち(9日)にナスを食べると中(ちゅう)風(ぶ)(発熱や頭痛など)にならぬ、という言い伝えもあります」
9日の「重陽祭」は社殿に新栗やナスを供え、手(ちょう)水(ず)鉢に菊の花を生けて行われる。菊は古来、邪気をはらう力が宿ると信じられ、花を観賞したり、花びらを浸したお酒を飲んだりして延命長寿を願ったという。
節句はそもそも、時季の食べ物を神様に供えて人々もこれにあずかり、季節の変わり目に伴う流行(はや)り病をはらう習わしだ。「人々が口にするのは験担(げんかつ)ぎでもありました。医学の発達していない時代、不安の中で生きるには『今年も元気に過ごせる』と、自信をつける必要があったのでは」
さらに、「後の雛(ひな)」といってお雛さまを飾って祝う地域もある。江戸時代から続くこの風習が最近、見直されていると聞き、人形の一大産地として知られる、さいたま市岩槻区を訪れた。
3月3日の上巳の節句(桃の節句)は女の子の成長を祈るお祭り。一方、「重陽の節句は秋の収穫祭とも結びつき、雛人形を愛(め)でながら、大人の女性たちが音曲などで楽しむ『大人の雛祭り』でした」。
NPO法人「岩槻・人形文化サポーターズ」の理事、水落恵一さんは、穏やかな表情の人形を見つめながら「今以上に高価だった雛人形をしまいっぱなしで傷めないように風を通し、虫干しを兼ねていたようです」。
ものを大事にし、長持ちさせるための知恵から生まれた習慣には、深い意味が込められている。「人形は『ひとがた』といって、無事に大人に成長するまで、その子の災厄を代わりに引き受ける役目があります。守り神であり、女性の幸せの象徴でもあるのです」
岩槻では秋、そこかしこで後の雛が飾られる、月遅れの「重陽・菊の節句」があり、毎年、大人の女性たちが足を運ぶ(今年は10月1~16日開催予定)。
新暦の今、季節感にややずれがあるものの、先人の知恵にはあやかりたい。〝見えない不安〟に打ち勝つことができるように。(榊聡美)
【旬の和菓子】 秋のお彼岸にお供えする「おはぎ」は、家庭で作り継がれた和菓子でもある。
ぺったん、ぺったんと餅を杵(きね)で〝つかずに〟作ることにかけて、「北窓」(=月知らず)、「夜船」(=着き知らず)、隣近所に分からないという意味の「隣知らず」など、古くは言葉遊びによる呼び名があったという。
作り慣れていないと、小豆を煮ることから始めるのはハードルが高いが、「市販のあんを利用して、アレンジしながら楽しんで」と、フードコーディネーターの中村千寿子さんはすすめる。
その場合、もち米だけだと食感がかたくなりやすいため、うるち米を3~5割程度混ぜるといいとか。普段、ご飯を炊くときより水の量は少なめにし、塩を少量加えて炊くのがコツ。炊き上がったら熱いうちにすりこ木などで、粒が残るくらいに半づきにする。
包むときはラップを使うと、やわらかいあんも扱いやすくなる。丸めたあんをご飯で包み、表面にきな粉や黒ゴマ、青のりなどをまぶしても。
「味、大きさなどを好みで変えられるのは手作りならではの魅力。冷蔵庫に入れると、どうしてもかたくなってしまうので、早めにいただくのもおいしさのポイントです」