「立身出世なんてダサい」……人生をグダグダ悩む若いエリートが「いまどき」になったワケ
森鷗外『青年』の主人公・小泉純一は、Y県(山口県)から上京したばかりの若者である。年齢は20歳を超えたかどうか。
〈学士や博士になることは余り希望しない。世間にこれぞと云って、為(し)て見たい職業もない。〉と考える純一は、資産家の家に生まれ〈一族が楽に暮らして行かれるだけの財産がある〉ことから、進学も就職もせず、小説家として成功することを希望して上京した。けっこうなご身分である。
彼が過剰な自信を持つに至った理由はもうひとつあった。容姿である。
純一は女という女がみな、目を向けずにいられないような美青年なのだ。当人もそれを知っていて〈己は単に自分の美貌を意識したばかりではない。己は次第にそれを利用するようになった〉。
彼が「持てる者」なのは疑いようもない。頭脳明晰、語学堪能、家は資産家、しかも美青年!
足りないものがあるとすれば、ハングリー精神だろう。
事実、小説家になりたいと口ではいいつつ、彼が書いているのは日記程度で、原稿用紙を前にしても何も出てこない。人生を舐めているというより投げているのかもしれない。すべてにおいて恵まれている純一は、虚無的な青年なのだ。
ところが、そんな純一に嵐のような事態が襲いかかる。順を追って見ていこう。
1. 衝撃の出会い
それは有楽座にイプセンの舞台を観に出かけた日のことだった。
客席で隣り合わせになった妙齢の夫人と談笑するうち、その人が同郷の高名な学者の未亡人(びぼうじん)であることを知る。夫人の名前は坂井れい子。一年前に夫を亡くし、根岸の邸宅で暮らしているという。その坂井夫人が劇の幕間に、誘いをかけてきたのである。
〈あなたフランス語をなさるのなら、宅に書物が沢山ございますから、見にいらっしゃいまし。新しい物ばかり御覧になるのかも知れませんが、古い本にだって、宜しいものはございますでしょう。御遠慮はない内なのでございますの〉
美青年の特権というべきだろう。端的にいってしまえばナンパである。
2. 童貞喪失
悩んだあげく、三日後、〈あの奥さんの目の奥の秘密が知りたかった〉という理由をつけて、純一は根岸の坂井宅を訪ねた。その先のいきさつは純一の日記で明かされる。
〈己は根岸の家の鉄の扉を走って出たときは血が涌き立っていた。そして何か分からない爽快を感じていた。一種の力の感じを持っていた。あの時の自分は平生の自分とは別であって、平生の自分はあの時の状態と比べると、脈のうちに冷たい魚(うお)の血を蓄えていたのではないかとさえ思われるようであった〉
なぜ彼がここまで興奮しているのかというと……。
〈己は知らざる人であったのが、今日知る人になったのである〉
純一にとって、それははじめての性体験だった。若い未亡人と田舎から上京してきた美青年。フランス書院あたりが得意とする、官能小説になりそうな展開ではある。
3. 期待から失望へ
当然ながら、その日から純一の頭は夫人のことでいっぱいになる。
この関係はいつまで続くのか。自分はどうしたいのか。誘惑に勝てず、二度目に夫人宅を訪ねたのは20日後、年も押し詰まった頃だった。その日は何事もなく終わり、本を取り換えて帰ろうとすると、夫人がいった。〈わたくし二十七日に立って、箱根の福住(ふくずみ)へ参りますの。一人で参っておりますから、お暇ならいらっしゃいましな〉
迷ったあげく、30日になって純一は箱根に向かう。福住旅館は現在も箱根塔ノ沢で営業を続けており、登録有形文化財にも指定された名建築だが、それはともかく……。
隣の柏屋旅館にぐずぐず逗留していた純一は、年明け後、散歩の途中で夫人と遭遇するのだ。夫人は日本画の大家・岡村画伯と一緒にいた。その晩、福住を訪ねた純一は夫人と岡村が昨日今日の関係ではないことを確信する。そして、〈今書いたら書けるかもしれない〉と思いながら眠れぬ夜をすごし、翌朝、箱根を発つのである。