生きもの好〝紀〟心 植物悲喜こもごも バイカウツギ 卯の花ならぬ梅の花
バイカウツギはアジサイ科の小低木で、花が美しくよい香りがすることから園芸植物として好まれます。「ウツギ」と名前のついた植物の花は「卯の花」とも呼ばれ、いくつか種類が知られます。その中でも特にバイカウツギの花は、梅の花に似ているため「バイカ」という和名があります。本州(岩手県以南)、四国、九州に分布しますが、和歌山県内ではやや稀(まれ)な植物です。
過去に紀北地域での分布情報は寄せられていましたが、筆者は紀南地域(ここでは白馬山脈より南側)において観察したことがありませんでした。紀州植物誌(宇井縫蔵著、昭和6年再版)には護摩壇山に記録があることから、いつか、周辺の谷を歩いて探してみたいと考えていました。ただ、谷沿いは急斜面が多く通行止めになることが多いので、なかなか歩いて調査する機会に恵まれなかったのです。
バイカウツギが生育していそうだと筆者が考えていたところは、日高川の支流が流れる小森谷渓谷です。紅葉の名所としても知られ、自然林がわずかに残っています。特に越戒(えっかい)の滝周辺にはトチノキ、シオジなどの立派な樹木を見ることができます。
そうした中、今年はついに越戒の滝まで歩くことができました。林道入り口から越戒の滝まで片道2時間、標高差約300メートルの道のり。筆者にとっては初見の植物もあり、最初はワクワクしながら歩いていたところ、樹皮に生々しく残ったクマの爪痕が目に入り、好奇心が恐怖心に変わっていきました。
バイカウツギの他にも確認したい植物があったので、5月から6月にかけて何度も歩いた結果、6月下旬、ついに満開のバイカウツギを観察することができました。
小森谷渓谷は、紅葉の名所としてだけでなく秘境ともいえそうな場所。一般に知られていない秘境だからこそ野生植物がひっそりと残っているともいえます。
県内では他に岩出市にある「根来山げんきの森」にバイカウツギが植栽されており、少しずつ成長して花を楽しめるようになっているので気軽に観察したい方はこちらを訪ねてみてください。
(和歌山県立自然博物館 主任学芸員 内藤麻子)