幸福から発する文学 文化功労者の辻原登さんが語る
和歌山県に生まれ、中学生のころから作家を志し文学や哲学などの独学を重ねた。会社勤めの傍ら執筆を続け、平成2年、44歳のときに『村の名前』で芥川賞を受けた。
リアリズムを軽やかに脱する幻想性と豊かな物語性を併せ持った小説で知られる。司馬遼太郎賞を受けた『韃靼の馬』などの歴史活劇、『冬の旅』をはじめとする犯罪小説へと作風の幅を広げ、三十数年にわたって読者を魅了してきた。
「自分の中にある『書きたい』欲求、そんなものはいつでも消えるし、くじけますよ。僕の原動力は全部外部的な要因なんです」。その一つが30代前半での結婚。当時、作家になる夢をあきらめかけていた。「『この人を』と思った人が幸いにも僕と結婚してくれたのは人生最大のラッキーですよね。じゃあ、この幸福を文学的に表現できないかと。それがデビュー作にもつながった。だから僕の文学は苦悩からじゃなくて、幸福から発している。ドストエフスキーにしても幸福をすごく知った上で、苦悩を書いていると思うんですよ」
午前中に執筆し、午後は読書にあてる。1冊につき40分くらいと時間を決めて「だいたい4、5冊は並行して読む」という。「徹底的に読むとはどういうことか。それを学ばないと書けない。かつて自分で築き上げた独学のカリキュラムが今も生きています」(海老沢類)