芥川賞、直木賞どの作品から読む? 受賞者の四者四様の受け答え、選考委員の解説をヒントに
■選考委員の解説も熱く
受賞会見の前に選考委員による講評がオンラインであった。まず、作家の堀江敏幸さんが芥川賞の選考経過を説明した。
印象的だったのは、兵庫県出身の高校教師で詩人、井戸川射子さん(35)の「この世の喜びよ」(「群像」7月号)への評価だ。二人称で展開した特徴的な文体に対し、堀江さんは「二人称によって主人公との間に距離をつくり、自分の生き方を肯定しているよう。それが実験的な描き方ではなく、作品の求める世界に即している」と絶賛した。
東日本大震災の被災地を舞台にした佐藤厚志さん(40)の「荒地の家族」(「新潮」12月号)については「震災10年後の世界を正面から、てらいなく描いた点が評価された」と明かした。「震災にここまで真っすぐに向き合い、直球で書いた小説はなかったのではないか」。評価は胸に刺さり、ぜひ佐藤さんにインタビューしてみたいと思った。
作家の宮部みゆきさんは直木賞の講評を説明した。小川哲さん(36)の「地図と拳」(集英社)について「ジャッキー・チェンの映画のよう」で「最近で言う『鈍器本』だけど、見た目よりはるかに読みやすい」と評価。千早茜さん(43)の「しろがねの葉」(新潮社)は「内容を煮詰めて煮詰めて。すごくおいしいけど、どんな原材料でできているか分からないジャムを食べているよう」と表現した。ちなみに、鈍器本は分厚くてまるで鈍器のような書籍を指す。
宮部さんの熱量あふれるユニークな語りは、いつまでも聞いていたい面白さ。2人の作品を「同じ歴史小説でも対照的だからこそ素晴らしい。エンタメ小説の可能性をアピールできる」とまとめた。
■教師の顔をのぞかせた井戸川射子さん■「この世の喜びよ」(「群像」7月号)
初ノミネートで栄誉をつかんだ井戸川さんは、やや緊張した面持ちで登場。一つ一つの質問に、丁寧に言葉を紡いだ。
高校教師で詩人。生徒の話になると、笑みがこぼれる。候補に選ばれたタイミングで3年生の教え子に作家だと明かしたという。「頑張っていれば、報われるときもあるし、報われないときもあるとは言っているけど、やっぱり努力が報われたらうれしい、ということは伝えたい」
正直、記者が初めて受賞作を読んだときの感想は「文章が難解で、ストーリーも淡々としている」。でも、講評や井戸川さんの会見後に読み直すと、つづられた言葉それぞれに意味があるように感じられた。
■ちゃめっ気たっぷりの佐藤厚志さん■「荒地の家族」(「新潮」12月号)
会見では震災関連の質問が目立ったが、穏やかながらも力強く答える姿にくぎ付けになった。「被災地の思いを全て拾うのは不可能だから、地道に生活している人の拾われないような思いを拾えれば」「やっぱり震災を中央に据えて向き合って書かないと。なかなか真実が込められないかなと思う」
場を和ませるおちゃめな回答も。書店に勤める立場として「4作選ばれたのは、本屋としては『やったー』って感じ」と満面の笑み。「神社で引いたおみくじに『願いは届かず』と書いてあったので、あきらめていた」と笑わせた。
■らしさ爆発の小川哲さん■「地図と拳」(集英社)
満を持して、記者の「推し」作家が登場。昨年、インタビューした際、自由でひょうひょうとしたイメージを受けたが、大舞台でも「小川節」がさく裂した。
冒頭に心境を問われ、感謝を口にしつつ「正直に言うと、さっさと終わってお酒を飲みたい」。会場は一気に笑いに包まれた。
「小説が持つ魅力の全てが内包されている」と評に対しては「作家としては変わることなく、目の前の原稿を一つずつ書いていきたい」とクールに回答。一方、これからは「色気」について書いてほしいとの注文には「書きたくなったら書くし、ならなかったら書かない」とへへへと笑った。
最後の一言は「朝が苦手なので。早起きする仕事の依頼はなるべくやめていただきたい」。終始、らしさのある会見だった。
■自然体の千早茜さん■「しろがねの葉」(新潮社)
黒のワンピースに、作品を連想させる銀の靴で登場した。「4人目で皆さんも疲れていると思うので、手短に」という第一声に、会場に笑いが広がる。
選考委員が評価した「血と土のにおいがしてくるような筆力」をどう培ったかを聞かれ、戸惑いながらも「自然に…」と回答。「小説は紙に書かれた、ただの色もにおいもない文字ですけど、においとかが立ち上ってくるものが書けたらいいと思っている」。今後については「市井の人間の苦しみとか悲しみとかを書きたい」とも。自然体だが、力強い印象を受けた。
「私はネガティブで、いいことがあると悪いことが起こるんじゃないかっておびえる。でも、今日くらいは安心して寝ようかな」。最後は笑顔で終わった。