チームビルディングもJASRACとの交渉も全部自分でやる。芥川賞作家・李琴峰がNFT小説プロジェクトに挑戦する理由
プロジェクトでは、小説『流光』の日本語版2種、繁体字中国語版2種、簡体字中国語版1種の計5種を用意。それぞれ、小説+限定版表紙を基本セットに手書き原稿もしくは声優等による朗読音声が付属する。さらに価格吊り上げ式オークション(開始価格1イーサリウム)と価格下降式オークション(開始価格4イーサリウム)の2方式を採用し、合計10点の出品となった。
「手軽な投資」「一夜にして数億円」的なわかりやすい引力でもって注目を集めるNFTだが、技術者と言わず、ものづくりを行うクリエイターからしてもどうやら見え方は違っているようだ。李琴峰さんはNFTに対して「作家が作品を発表する新たな手段」としての可能性を感じているという。
李琴峰さんと、プロジェクトを伴走した編集者の添田洋平さんのお二人にインタビューを行い、出版社の介在しない一人の作家としての挑戦について伺った。
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李琴峰(り・ことみ)
1989年、台湾生まれ。作家・翻訳者。2013年来日。早稲田大学大学院日本語教育研究科修士課程修了。2017年「独舞」(後に『独り舞』に改題)で群像新人文学賞優秀作を受賞しデビュー。2021年『ポラリスが降り注ぐ夜』で芸術選奨文部科学大臣新人賞、『彼岸花が咲く島』で芥川龍之介賞を受賞。他の著書に『星月夜』『生を祝う』「観音様の環」など。
添田洋平(そえだ・ようへい)
株式会社つばめプロダクション
フリーの編集者として、文芸やコミックなどの分野で活動。作家やアーティストのマネージメントなども務める。
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―― まずは、李さんが作家としてNFTプロジェクトを始めたきっかけを教えてください。
李:もともとNFTがアートや音楽の分野で話題になっていたのは知っていたけど、自分とは業界が違うしな、と思って、あまり気にしてはいませんでした。とはいえ、自分もクリエイターなので、少しは情報を摂取していました。
そこで、小野美由紀さんや村上龍さんのNFTプロジェクトを知りました。小野さんは個人的に知り合いなので雑談の中でプロジェクトについて聞いたら、李さんもやってみなよ、って言われました。
それでいろいろ調べていくうちに、たとえば中間業者を介さず小説を販売できることや、二次流通でロイヤリティを得られることに可能性と魅力を感じました。元々、作家というのはもっといろんなことができるんじゃないかな、と思ってはいました。
―― いろんなこと?
李:小説を書くのはもちろん大事だし、それが本業ですが、今の時代エンタメが多様化して可処分時間を奪い合っている状況ですよね。昔のように、作家はただ小説を書き続けていれば食べていける、という時代ではなくなっています。出版不況の現在、特に文学作品は売れないと言われています。実際、多くの作家は別のところで本業を持ちながら、小説を書いています。そうじゃないと食べていけません。
たとえば定価1600円の小説を初版3000部で出版したとすると、印税が10%だとして収入はおよそ48万円。印税だけに頼って食べていこうとすると単純計算で毎年7~10冊は小説を出さなれければならないわけです。小説を書いたところで出版社がOKを出してくれなければ販売されないので、この段階で作品が「商品価値」を持っているか否かもジャッジされることになります。もちろんこれは出版社の運営に必要なフローなのでそれを否定するつもりはありませんが、商品価値のある小説を年間10冊コンスタントに作り続けるというのは相当困難ですよね。
私は運よくいくつかの賞をいただいたことで世間的な認知や評価も上がったので、翻訳家の仕事と合わせて食べていけていますが、もちろんこの状況が続く保証もありません。
私は元々、新しいものに対してあまり抵抗がない性格なので、たとえば画家や漫画家、音楽家の方々と自分の小説でコラボできないかとか、常に考えているんです。SNSやYouTubeでの活動もその一環ですが、NFTはそういった活動を広げてくれるかもしれない、と思いました。出版社の考える商品としての基準とは別の軸で作品に価値をもたせることができるかもしれない、という可能性を感じています。