SANAA設計の新美術館がシドニーに誕生。数十年先のための遺産目指す
Gallery of New South Wales、以下「AGNSW」)の新館が、12月3日に開館を迎えた。
シドニー・モダン・プロジェクトとは、AGNSW本館の改修、新館の建設、そして屋外の景観整備など、一連の大規模な開発プロジェクトを指す。ニュー・サウス・ウェールズ州政府から2億4400万オーストラリアドル、慈善団体から1億オーストラリアドルの資金を得て実現したこのプロジェクトは、「一世代に一度のもの」とも言われている。
AGNSW本館の北側に建てられた新館は、プリツカー賞の受賞建築家ユニット・妹島和世+西沢立衛/SANAAが建築設計を担当したもの。ニュー・サウス・ウェールズ州首相のドミニク・ペロテットは11月29日に行われた報道内覧会で、この新館について「シドニーのより広い未来を想像するためのものだ」とし、次のように述べている。「これは、芸術や私たちの偉大な都市の景観に影響を与え、そして時間の試練に耐えるだろう。何十年もの間、来るべき世代のための偉大な遺産になると信じている」。
周囲の景観に溶け込んだオーガニックな建築
新館の建物は、港に向かって緩やかに下がっていくような構造となっている。館内には、「アート・パビリオン」と呼ばれる3つのメイン展示室をはじめ、カフェ・レストランや多目的スペースとして機能する複数のパビリオンが異なる方向に配置されている。
これらのパビリオンの多くは、床から天井まで広がるガラス張りの窓で囲われており、あらゆる方向に開かれているようなデザインが特徴だ。それぞれのパビリオンは館内の共有スペース、エレベーター、螺旋状の階段、最高部11メートルを超えるアトリウムや、屋外のルーフテラス、中庭など、様々な動線によってシームレスにつながっており、ひとつの有機的な構造体となっている。
西沢は、「我々の建築にはファサードがなく、ボーダーもない」と話す。人々は自由に出入りし、様々な方向から建築やシドニーの風景を楽しむことができる。
また妹島は、「大きな建物をドンとひとつ置くのではなく、敷地の段差を活かして少しスケールを落としながらそれぞれのパビリオンをつくっていった」と付け加える。美術館に入る外光も周囲の環境に溶け込むように計算されており、建物全体が周りの地形とつながっているような建築が誕生したという。
ここで新館の建物が建てられた場所について少し説明しておきたい。AGNSW本館の北側には、シドニー市内中心部へ向かう高速道路がある。高速道路の上に美術館があるドメイン公園と海に面したシドニー王立植物園をつなぐ陸橋がかかっており、陸橋の片側の低い敷地には第二次世界大戦中に使用されていた廃油タンクが存在している。
今回の新館は、陸橋から廃油タンクに沿って緩やかに下がっていく構造で建てられている。陸橋の部分には「ウェルカム・プラザ」がつくられており、来場者はエントランスから敷地内を下に向かって進み、港に近づいていく。また、陸橋と廃油タンクをつなぐ新たな屋外のアートガーデンも2023年にオープンする予定となっている。
妹島は、こうした高速道路、植物園、陸橋、海、タンクなど様々な時間の変遷を表すものを隠すのではなく、既存の地形や周囲の景観を融合させながら建築デザインを構想したと語る。
2200平米におよぶ廃油タンクは、期間限定のインスタレーション作品を展示するための展示スペースとして生まれ変わる。館内には、1100平米の広さを持つ柱のない展示室や、本館の砂岩のファサードと呼応するような、ニュー・サウス・ウェールズ州内から集められた砂岩でつくられた2フロアにわたる幅250メートルの土壁が設置されている。また、屋外のテラスではドメイン公園と王立植物園へと広がる小道がつくられ、周辺環境と共鳴する有機的な道筋をたどることができる。
多様性や寛容さを称える展覧会プログラム
新館のオープンとともに、5つの展覧会や様々なコミッションワークの新作が一般公開された。前出のドミニク・ペロテット首相は、「輝かしいギャラリーができても、素晴らしい作品がなければ、人々にとっては普通の場所に過ぎない」と、コレクションの重要性を強調する。
まず、AGNSWが新館のためにコミッションした9つの常設作品を紹介したい。新館のウェルカム・プラザでは、ニュージランド出身のアーティスト、フランシス・アプリッチャードによる3体の巨大な彫刻作品《Here
Comes Everybody》が来場者を迎える。互いに支え合う生物をかたどったこの作品は、人間の共存や多様性を謳っている。
ウェルカム・プラザに面した、オーストラリアの先住民(アボリジニ)とトレス海峡諸島民の芸術を展示するイリバナ(Yiribanaはシドニー語で「this
way」の意味)・ギャラリーの一壁面には、オーストラリアのアボリジニアーティストであるロレイン・コネリー=ノーティーが錆びた金属や廃品を使い、同国南東部の先住民族の文化的慣習を表した《narrbong-galang
(many bags)》が飾られている。
屋外のテラスでは、草間彌生の花々の彫刻《Flowers that Bloom in the
Cosmos》がウールームールー湾を見下ろす。港から見上げると、色鮮やかな花々が新館の建物に神秘的な雰囲気を添えている。地下2階の土壁の内側には、台湾系アメリカ人アーティスト、リー・ミンウェイが瞑想空間をつくりだした。《Spirit
House》と題されたこの空間のなかにはブロンズの仏像が鎮座しており、その手に置かれた石を参拝者が持ち帰り、またそれを返すことによって、他人と自分の物語を分かち合うという作品だ。
そのほか、カーラ・ディケンズ、シムリン・ギル、リチャード・ルワー、リサ・レイハナによる作品も新館(ディケンズの作品は本館のファサード)に点在しており、これらの作品と不意に出会い、それぞれの制作の背後にある様々な物語を知るのが醍醐味だろう。なお、前述の屋外の新たなアートガーデンは、ウィラジュリとカミラロイ人アーティストであるジョナサン・ジョーンズの作品《bíal
gwiyúŋo (the fire is not yet
lighted)》となる。2023年半ばに完成予定の同作は、先住民の知識を称え、この土地の歴史に応えようとするものだという。
エントランスから館内に入って最初に目にするアート・パビリオンは、本館から新しく移転したイリバナ・ギャラリー。同館所蔵のアボリジニとトレス海峡諸島民のアートコレクションを展示するこの展示室では、シドニー語で「私の手を握って、私を助けて」を意味する「burbangana(バーバンガナ)」をテーマにした展示が行われており、寛容さや他者への思いやり、人と人のつながりを強調する多様な表現の作品が紹介されている。
AGNSWのマイケル・ブランド館長は、イリバナ・ギャラリーを既存の美術館の最下層から新館のエントランス階に移転させたことは、「シドニー・モダン・プロジェクト全体のなかでもっとも重要なキュレーション上の決定のひとつだ」と話す。「オーストラリア、シドニーでは、学校の子供たちや海外からの来館者が、先住民族の文化やビジュアルアートがオーストラリアにとっていかに重要であるかを知ることができる場所を持つことが非常に重要なのだ」。
地下1階の展示室では、同館のコレクションからウーゴ・ロンディノーネやキムスージャ、サイ・トゥオンブリーなど、世界各国の現代アーティストの作品を集める「Making
Worlds」が開催。地下2階の企画展示室では、「Dreamhome」をテーマに世界中から集まった29人のアーティストが「家」にまつわる様々な物語を生み出している。
また、廃油タンクを改装した「タンク」ギャラリーでは、アルゼンチン出身のアーティストであるアドリアン・ヴィラール・ロジャスの展覧会「The End of
Imagination」が行われている。ロジャスは、「タイム・エンジン」と呼ばれるソフトウェアを用いて数時間から数千年が経過するデジタル世界をシミュレートし、そこで経年変化した仮想の彫刻を現実世界で再現。暗闇の空間のなかでは、アルゴリズムで制御された光源がときに彫刻を照らし、光と闇の対比が空間と作品に対する知覚を強化している。
ブランド館長は、「新しい建物とシドニーの都市は、うまく調和することができている」としつつ、次のように述べている。「都市と新しい美術館は、どちらも地平線の向こうからやってくるあらゆるものに強い好奇心を抱いているし、私たちもそうであることを望んでいる。そしてこれから、地平線上にやってくるすべてのものを皆さんと分かち合えることを楽しみにしている」。
構想から約10年をかけて完成を迎えたシドニー・モダン・プロジェクト。同館はシドニーの街の新たなランドマークとなるだけでなく、美術館の展示プログラムは平等、自由、多様性などの価値観や、世界中のより多くの人々に開かれるというビジョンも明示している。この新たな美術館を通じて、シドニーとその先の世界とつながる新しい橋が架けられた。