別府の記憶を甦らせる塩田千春のアート|青野尚子の今週末見るべきアート
毎年個展形式で開かれる芸術祭「in BEPPU」やアート・ホテル〈ガレリア御堂原〉など、温泉だけでなくアートでも盛り上がる別府。今年は大分県が「東アジア文化都市」に選定され、そのコア事業として『塩田千春展 巡る記憶』が開かれている。
「東アジア文化都市」とは日本・中国・韓国の3ヶ国でそれぞれ1都市が選定され、文化芸術イベントなどを開催するというもの。大分県では糸や鍵、船やピアノなどを素材にした大がかりな作品で知られるアーティスト、塩田千春の個展を開催することになった。塩田は別府の街中で2つの建物を会場に選び、観客を包み込むようなインスタレーションを設置している。
会場の一つは〈〉。もともとは小麦粉や砂糖などを扱う卸問屋「草本商店」の倉庫だった建物だ。小さな階段を上っていくと白い糸が張り巡らされているのが目に入る。畳敷きの和室に入ると、床には水がたたえられている。どっしりとした梁や襖のある日本家屋の中に水盤がある、その意外な光景に驚かされる。
水面には少しずつ、水滴が落ちる。その様子は、水が大地と空を循環していることを思わせる。塩田は別府を訪れ、そこここから立ち上る湯気を見て「人間中心の生活から離れよう」と思ったのだという。日本各地にある温泉の中でも別府の湯は源泉数、湧出量ともに日本一を誇る。近郊には煙を吐き続ける火口を見学できる「塚原温泉 火口乃泉」もある。地球のエネルギーを直接感じることができる場所なのだ。
3階には塩田がこの個展にために描いたドローイングなどが展示されている。ドローイングにも糸が使われて、下の階のインスタレーションとのつながりを感じさせる。帰りは行きとは違う階段を降りていくのだが、そこでは音の演出が出迎える。水の音を素材にしたサウンド・インスタレーションだ。建物内を巡っていくうちに、視覚や聴覚がさまざまに刺激される。