アーツ前橋でなにが起きたのか。借用した作品の紛失問題に続き、出展作家との契約違反が判明。情報公開された内部資料をもとに経緯を振り返る
本件を報じた上毛新聞と毎日新聞の記事(*1)によると、経過の大筋は以下となる。
アーツ前橋は2019年、美術を通じた学びの可能性を探ることなどを目的にアーティストの山本高之を招聘した企画展「山本高之とアーツ前橋のビヨンド20XX」を開催。山本と交わした契約には同展の企画立案に加え、記録集の監修なども盛り込まれた。企画展は同年7~9月に開催されたが、記録集の内容をめぐり調整が難航。同館は一方的に記録集の発行を中止し、作成委託料の一部を支払わなかったという。アーティスト側は2020年9月に損害賠償を請求し、前橋市は経緯を調べた結果、同館が契約を一部守らなかったと判断。損害賠償金の支払いと、市の負担による記録集(2000部)の発行、同館ホームページでの1年間の謝罪掲載を決めた。
関係者によると、記録集の発行と謝罪掲載は今年度内の3月末までに行われる予定。なお3月中旬現在、まだ同館は謝罪文を掲載しておらず、発行中止に至る詳細も公表していない。
未来に残すアーカイブとなる記録集を巡り、公立美術館の契約違反が明るみに出た本件。現代アートの展覧会は、直前までの作品制作や会場自体を作品化するなど様々な要件により、会期中に記録集や図録の編集作業が行われるケースは少なくない。そうした経験値もあるはずの同館は、どのような対応や作家とのやり取りを経て、発行中止に至ったのか。
Tokyo Art Beat編集部は、本件の関係者が前橋市に情報公開請求を行い提供された資料を入手した。600ぺージ超に及ぶ資料は、市による本件の検証結果のほか、館内部の会話の記録やメールなども含まれ、詳細な経緯が浮かんでくる。以下抜粋して紹介するが、その前に被害を被ったアーティストと対象展覧会について簡潔に記しておこう。
山本高之は1974年愛知県生まれ。小学校教諭の経験をもとに子供達とのワークショップ活動や作品制作を通じて「何かを知る」体験を探求し、地域コミュニティと協働するプロジェクトにも取り組んでいる。問題が起きた企画展「山本高之とアーツ前橋のビヨンド20XX」(以下ビヨンド展)は、山本と同館学芸員が「〈美術〉を通じた学びとは何かを共に議論し、これからの〈美術/美術館〉の役割について考える〉(同館ホームページ)目標を掲げ、2019年7月19日~9月16日に開催された。会場は序章と3つのセクションで構成され、各学芸員が過去の事業を振り返る展示、学芸員によるサーフィンの体験映像、山本が「教育制度を考える近未来SF映画」をテーマに前橋市民と協働した新作《ビヨンド2020 道徳と芸術》などが盛り込まれた。