【書評】「時間の謎」に迫る 『時間は存在しない』(カルロ・ロヴェッリ 著、冨永星 訳・NHK出版)
初日の医学生理学賞は、ドイツのマックスプランク進化人類学研究所のスバンテ・ペーボ博士の受賞が決まった。今年は新型コロナ関連の受賞が予想されていた中で、4万年前のネアンデルタール人の骨に残っていた遺伝子情報から我々ホモサピエンスがその遺伝子の一部を受け継いでいたことを突き止め、ネアンデルタール人とホモサピエンスの種が交わっていたことを発見したという、ちょっと意表をつく業績に与えられた。
カルロ・ロヴェッリという人は、あの車椅子の天才宇宙物理学者、故・ホーキング博士の再来と呼ばれているイタリアの物理学者で、ホーキング氏同様、科学エッセイを数多く書いている。この本もそのうちの一冊だ。(最近刊に『世界は「関係」でできている』(NHK出版)がある。量子力学にかかわる書で、タイトル通りの内容である。仏教哲学の「縁起」との関係にも触れられていて、難解だが面白い。いずれこの書評で取り上げるかもしれない)
さて、この本の第1章の1行目にこう記されている。
「簡単な事実から始めよう。時間の流れは、山では速く、低地では遅い」
1行目から衝撃的なことが書かれているが、「セシウム原子時計」と衛星を使って、それはかなり前から実証されている。最近では、東京大学と理化学研究所が島津製作所と共同開発した「光格子時計」で、東京スカイツリーの展望台(地上450m)と地上0mで実証実験したところ、展望台に設置した時計が地上の時計より、24時間につき4.26ナノ秒だけ早く進んだことが確認されている。2020年4月の発表で、これは新聞にも大きく掲載されたので、覚えている人も多いだろう。
ナノとは10億分の1である。評者の計算が正しければ、1年で10億分の1554.9秒(4.26ナノ×365日)、つまり100万分の1.5549秒、100歳の長寿を全うしても、1万分の1.5549秒しか違わない。
この、低地と高地では時間の流れ方に「遅い・早い」がある、という事実は、アインシュタインの一般相対性理論から導かれたもので、重力が時間の流れを遅くしたり速くしたりするのである。
さらに読み進めていくと、時間に関する常識的な考えが次々に覆されていく。
量子力学では、「プランク時間」と呼ばれる“最小の時間”がある。それは、1秒の1億分の1の、10億分の1の、10億分の1の、10億分の1の、さらに10億分の1の長さだという。つまり10のマイナス44乗となる。時間には最小幅があり、その幅をまたいで流れている。決してなめらかに流れているのではない。