地域密着型プロジェクトを通して考える、エコロジカルな写真の未来 Vol.1 メリデル・ルベンスタイン
チグリス川とユーフラテス川が交差する肥沃な三日月地帯に位置するイラク南部の湿原帯アフワールはかつて世界第3位の広さだった。ここはメソポタミア文明の発祥地でもあり、エデンの園の起源の一つかもしれないとうたわれている。二つの川が合流するシャットゥルアラブ川の東端は、持続可能な生活を7,000年以上続けてきたマーシュアラブ人(マダン族)の故郷だった。しかし90年代初期、サダム・フセイン率いるイラク政府は、シーア派の反政府勢力を支持したことへの罰として湿原の水を抜き、広く豊かな湿原は砂漠化し、数万人が殺害され、同政権が失脚するまでに数千人の人々が故郷を追われた。
2003年にイラク初の環境保護団体Nature Iraqのサポートで運河に新たな水路が開かれ、湿原が蘇る。以後、約35万人のマーシュアラブ人が同団体の手助けを得て、故郷を元の姿に戻すために帰ってきた。しかしその水路には汚水処理のシステムが導入されておらず、ユーフラテス川と湿原には未処理の下水が垂れ流されている。悪臭や湿原の生態系への長期的なダメージ、湿原の水で衣食住をまかなう住民への健康リスクを改善するためのシステムの導入が急がれている。
2011年、写真家でアーティストのメリデル・ルベンスタインは、「廃水庭園」と呼ばれる汚水処理システムの第一人者である環境工学者マーク・ネルソン博士とダヴィデ・トッチェット博士、Nature Iraqのジャシム・アル・アサディらと共に、マーシュアラブ人の文化遺産をたたえつつ、この環境問題を解決するプロジェクトを立ち上げる。廃水庭園の設計と環境アートによって、イラク南部の乾燥地域に適した水質改善システムの開発を目指した彼らが、7年を経てたどり着いたのが、植物と土中の微生物で水を浄化するシンプルで持続可能な廃水庭園システムだ。
26,500平方メートルの敷地で、一日7,500~10,000人分の汚水を処理するこの庭園に運ばれてきた廃水は、まず園内に植えられた葦によって脱臭される。その後、地下湿地帯に流された下水の有機物が、バクテリアによってミネラル物質に変換され、下水をきれいにすると共に、地上の庭園の植物や果樹に栄養を与え、持続型の循環を生みだしている。この庭園のデザインには、アラブの伝統的な葦の家、セラミックタイルに施された古代の円柱形紋章印、メソポタミアの結婚記念ブランケットの花柄刺繍にインスパイアされたフラワーアレンジメントなどが用いられ、造形的にも美しい。湿原の豊潤な文化を体現した庭園は、低コストでシンプルなシステムなので、汚水処理がままならないイラクを含む中東各地でも応用できるだろう。
本プロジェクトは、各国の支援を受け、草の根運動としてユネスコの「Green Citizens Initiative」のひとつにも選出され、現在も継続中。環境問題の技術的な解決策を提示しながらも、歴史、伝統、地域、デザインなど多様な要素も含んだ優れたプロジェクトだ。
IMA 2022 Spring/Summer Vol.37より転載