現代美術コレクターへの道:アートコレクターの額装事情(後編)
作品の性質によって額装の正解が異なるので、事前にアートコレクター25名から額装について意見や質問を集めました。前編では実際コレクターたちが作品をどう額装をしているかについて集計しましたが、今回の後編ではコレクター自身がもつ額装の悩みや疑問について、東京・蔵前の「アートフレームショップ nabis」代表の山下大介さんとともに考えていきたいと思います。
「nabis」は1947年創業の老舗額店。美術館の展覧会からギャラリー、商業施設のほか、個人コレクターからの依頼など幅広く額装事業を担ってきた山下さんは、多くの知見を持っていらっしゃいます。
保存のための額装はどう考えるべき?
まずは、複数のコレクターから寄せられた疑問から取り上げたいと思います。
* 梅雨の時期など湿気による作品の劣化が心配な場合は、額装により保護できるのでしょうか?
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「額装すると、湿気がこもるから良くない」という話も聞いたことあります。作品のコンディションのためには、額装するのとしないのとではどちらが良いのでしょうか?
* ドローイングなど、紙1枚の作品を購入した場合、おすすめの額装は?
とくに湿気に弱いドローイングや写真といった作品を良い状態で保存するために適した額装はなんでしょうか。ドローイングや写真のように、支持体が紙の作品の場合、シミやカビなどのダメージが起こりやすくなります。アートオークションでの「コンディションレポート」でも、少し古めの作品はそういったダメージが起こっているという表記をしばしば目にします。
こうした作品はマットをつけて額装することをオススメします。マットには中性紙が使われており、支持体の紙を中性に保ち、変質を防ぐ機能を持っています。また、ガラス面に直接作品が触れることを避けることにもつながり、作品保護の観点からもおすすめです。
「ブックマットとマットで挟み込むことにより、額裏に使われるベニアのアクも防げます。また、額装せずともブックマットで保管する方も多いですね。あるいは、マットではなく、中性紙で挟み込んで保管するだけでも違います。中性紙は薄いもので1ミリ程の厚みからありますので、簡単にくるむだけでも変わってくると思います」
(山下さん)。
続いて、このような質問もありました。
* 作品保護上、マット加工の方が良いとは思いつつ、見た目を優先して「浮かし額装」にしていることが多いです。みなさんはどうしているのでしょう?
「浮かし額装」は、作品にテープを貼って固定するため、和紙や薄い紙などの作品だと、湿気を含んだ紙の逃げ場がなくなりどうしても紙が伸びてしまい、結果として波が出てしまいます。作品にテープを使うことも含めて考えると、保護観点上では調湿できるマット加工に劣るといえるでしょう。
ただし、額装だけで作品を保護できるわけではありません。密閉して額装されることの多い油絵などでも、展示場所や保管場所の環境が重要とされています。極端に湿気の多い場合には、エアコンや除湿機での温度湿度管理とセットで作品保護を考えるのがよさそうです。
額装における作品へのダメージ問題は?
額装によって作品に影響を与えることも多く、コレクターにとっては気になる点です。これに関連する質問もありました。
* アクリル額装した時、キャンバスの枠の裏側で見えない箇所ですが、思いきり穴を開けて固定されていました。これって普通のことでしょうか?
* もし額装をしてネジ穴が木枠に穴いた場合、作品の価値は落ちないのでしょうか?
額装する際には、なんらかのかたちで作品の固定をしなければなりません。版画や紙作品については、マットなどで押さえつけて固定する方法が一般的で、作品自体を傷つけることはありません。ただ、キャンバス作品となれば、どうしても木枠に穴を空けて固定する方法をとることになります。額縁に固定するためには必要な手法です。
山下さんも「キャンバス作品などで額装の際には、固定するために穴を開けるのは一般的です。また、木枠に穴を開ける場合、ビス打ちしますか?
と確認します」と話します。
すでに額装されている場合は、可能な限り同じ穴を使ってビスを打ったり、木枠にサインが入っている場合は、サインの場所を避けるといった配慮をしているそうです。
木枠に開けた穴について、以前、オークションハウスに勤務していた塚田萌菜美氏に取材した際には、「キャンバス作品は、木枠から外してロールで取り扱いが可能のため、木枠の穴などで作品価値が落ちることはありません」とお答えいただいたことがあります。オークション出品の際には、新しい木枠を用いる場合もあるそうです。
作品との相性で考える額装のあり方とは
額と作品がの相性も重要な問題です。
* 額縁の色の選び方で、一般論などあれば教えてください。
「セオリーや一般論はとくにありません。それぞれの好みで良いと思います。逆をいえば、ギャラリーで飾るものは作品主体なのでシンプルな額装にされていますが、個人で楽しむぶんには好きな額で自由に楽しめます」(山下さん)。
続いては額装への否定的な意見について。
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作品保護や保存の面などで額装が良いことなのは理解しているが、コレクターや作家のことをよく知らない額装店がどのような額装に決めるかということは、その作品のノイズになり得るのではないかという拭いきれない不安があります(アクリルボックスを除く)
* 基本的にキャンバス作品などは、作品を守ること以外、額装は蛇足だと考えています。
額装によって見え方が変わることに抵抗がある場合は、マットの幅を広くして、作品の世界感を守るという方法もあります。それでも抵抗がある方は、無理せず額装しないという選択もよいでしょう。
水戸部七絵の大型作品をコレクションしたコレクターの中﨑恵美さんは「アクリルボックスで額装した瞬間、作品としての存在感が増した」と語っていましたが、それぞれの好みや展示場所によっても変化するものと思います。
* 作品に合わせるか、展示環境に合わせるか。はたまた同一作品で環境によって額装を替えたりするか。何を重視すべきなのか正解があれば知りたい。
正解がないからこそ、自由に考えられるのが額装のおもしろさなのかもしれません。ただ、作品の素材によって、保存状態についてはよく考えたいところですね。
額装における費用の問題は
コレクターのあいだでしばしばあがる話題が「額装にお金をかけるのなら、作品の購入資金に充てたい」ということ。筆者もその意見に異を唱えるつもりはありません。ですが、コンディションの維持は、コレクターとしての努めのようなものだと思っています。
ただ、額装の価格については、質問が複数寄せられました。
* 価格の基準が不明瞭ではないか
* 額装店によって価格水準がそれなりに違いそうだが、相見積もりの提案などをお願いできるのか
これについては山下さんも、「若いコレクターさんが増えて、もっとも多いのが価格の話です」と語ります。 「額装価格はよくわからないと思うので、まずは見積もりから始めるなど気軽に声をかけていただきたいと思います。サイズが合えば、規格サイズの額を使うことで価格を抑える方法もありますし、見積もりだけでも相談してほしいです」。
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黒い作品で、反射の映り込みを防止する最適な素材はありますでしょうか? 一度ノングレアタイプの額装を試したのですが、満足のいく額装にはならず、黒い作品の額装には限界があるような気がします。
* 低反射アクリル板などを安価に対応してくれる額装店はないでしょうか?
ガラスやアクリルの額装も需要が高いですが、低反射のガラスやアクリルは価格が大変高価なので難しいかも知れません。例えば、アメリカ製の低反射アクリル板は、静電気も起きないためホコリがつきにくいうえ、傷もつきにくいです。額に入ってないように見えるほどの低反射でをこだわる方にはおすすめです。約90×60cmのサイズで、価格は14万円ほどになります。
また、照明の当て方を工夫するだけでも、多少は見栄えが変わるかと思います。
地震対策、移動、重さの問題は?
では、最後に細かな悩みについての質問についてまとめましょう。
* プライベートスペースならではの作品保護の対策について具体的な方法をどうしてるのか見てみたい。地震対策などはどうしているのでしょう?
フックを使って絵を掛けている場合、地震の際に跳ね上がらないようにするための部材はあるので探してみてはいかがでしょうか。
* 大きい作品を個人で額装依頼する場合、作品を移動する方法は?
額装店によっては、引き取り対応をしているお店もいくつかあるようです。「nabis」も「都内ですと引き取りなど対応できる場合があります」とのこと。ご自身で調べてみてはいかがでしょう?
* 大型作品は、額装することで重くなったり、また費用が高くなるかと思います。何か良い方法はありませんでしょうか?
大きい作品の額装ですと、ガラスやアクリル板をつけず、周囲の枠だけを額装する方法があります。重さも軽減されますし、作品保護にもつながる方法で、選ばれるかたは多いです。
* 最終的な空間イメージがつかみにくいので、どんな額装がおススメか、また金額について数パターン、提案してもらえた方がありがたい。可能なのでしょうか。
「相談していただければ、一緒に話し合うことも可能です」(山下さん)
* 作品を購入する際に、作家としてはどういう額装が良いのかという提案もほしいです。
作家と直接相談する機会がなければ、ギャラリーを通じて相談してみてはいかがでしょうか?
額装店の選び方について
筆者はこれまで複数の額装店に依頼をしてきましたが、お店によって個性があると実感しています。「nabis」は、いっしょに相談しながら要望に応じて提案いただけるお店で助かっています。
「気軽に相談できるように路面店を構えているのですが、まだまだ敷居が高いようですね。見積もりだけでもできますし、見積もり後にもう少し安くしたいなどの相談で一緒に方法を考えるなど、ご納得いただかたちで進められるようにしています」(山下さん)。
最近は額装店にも若いコレクターが増えて、こだわった額装をオーダーしているケースも多いそうです。額装することによって、また違った作品の魅力が引き出され、購入したときの感動がまた一段高まることもあります。ただ、コレクターのアンケートによれば、逆に魅力が下がったのではという不信感を感じることもあるようです。作品の魅力を増す、そして長くいい状態を保てる額装を選ぶには、とにかく相談し、悩みや懸念点を洗い出すことが大切なのではないでしょうか?
みなさんが額装を通じて、豊かなコレクション生活を送れることを願っております。