小説の女王・皆川博子が生涯を賭して探究! 疫病と戦火に見舞われるこの世界を読み解く至高のブックガイド『天涯図書館』が完成
この天涯図書館には、皆川博子館長が蒐集してきた名作・稀覯本が
辺境図書館、彗星図書館に続いて収められている。
貸し出しは不可。読みたければ、世界をくまなく歩き、発見されたし。
運良く手に入れられたら、無上の喜びを得られるだろう。
――天涯図書館 二代目司書
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これまでに読んできた本を中心にエッセイを書きませんか、と誘ってくださったのは、当時「小説現代」の担当編集者だったT氏です。二〇一四年から「イン・ポケット」誌に連載のページをいただき、『辺境図書館』『彗星図書館』と、瀟洒なデザインの単行本にまとめられました。よく知られた作品以外の、時と共に忘れられてしまった、あるいは夥しい出版物のあいだに紛れて消えがちな、それでも私にとっては興味深く大切な作を選び、気ままな寄り道もしながら綴るのは、たいそう楽しいことでした。T氏が「群像」誌の編集長に就任されたとき、図書館も同誌に移築してくださいました。
「群像」誌上で連載が始まったのは二〇二〇年ですが、時を同じくして異常な時代を生きることになりました。新型コロナのパンデミックです。即座に、書きかけていたキース・ロバーツ『パヴァーヌ』の間に、篠田節子さんの『夏の災厄』を挟み込みました。一九九五年、疫病の蔓延など誰も予想しない時期に発表されたこの作は、現在を先取りしたように、行政の対応や病院の状態を鮮やかに描出していました。当図書館で取り上げる本も、疫病蔓延、同調圧力の恐怖などに関わるものが多くなります。カミュの『ペスト』は有名ですから省き、カレル・チャペック『白い病』、ビルヒリオ・ピニェーラ『圧力とダイヤモンド』などについて綴りました。強いられた孤独と、自ら選び取る孤独について叙された作には、アンソニー・ストーの『孤独』があります。伝染防止のため外出の自粛が求められる。他者との接触が乏しくなる。強いられた孤独です。在宅勤務の状況を上司が知るシステムの宣伝映像がタクシーの中で何度か目に入りました。まさに監視社会です。この恐ろしさについては、デイヴィド・ヴィンセントが『孤独の歴史』で記しています。
「群像」誌での連載は、さらに思いもよらない戦争の時代と重なることになりました。〈この原稿を書き始めた今日は、二〇二二年二月二十四日です。〉と第二十六回の冒頭に記しました。なぜ、年月日を強調したのか。この日、突然、ロシア軍がウクライナに侵攻を開始したからです。キーウでは空襲警報が鳴り響いたとニュースで知った途端、血圧が上がり自律神経失調症状を呈しました。七十数年昔の空襲の恐怖がよみがえったのでした。