福島・いわきの空を鎮魂の色に染めた、蔡國強からの贈り物《満天の桜が咲く日》

現代アーティスト蔡國強による白天花火《満天の桜が咲く日》は、蔡のアートとその先進的なビジョンにインスパイアされたアンソニー・ヴァカレロ率いるサンローランのコミッションワークとして実現。気持ちよく晴れた海岸には地元のお年寄りから小学生までが詰めかけ、海と空のあわいに40000発の昼花火が打ち上がる壮大なショーに歓声を上げた。
スピーカーを通して聞こえてくるのは、蔡本人の少したどたどしい日本語のアナウンス。作品のコンセプトを語りつつ、「わーお、満開ですね!」「子どもたちが喜んでいますね!」と嬉しそうだ。その声の中には、自身といわきの人々との30数年間に及ぶ心の交流が、また一つ美しい形で実を結んだことへの喜びと、安堵の気持ちがあったのではないだろうか。
【写真】《満天の桜》海岸線に沿って幅400メートルにわたり、桜の木々が次々と立ち上がり、満開の花を咲かせ、やがて風に吹かれて消えてゆく。未来への希望とともに、どこか命の儚さも感じさせる壮大なスペクタクル
【写真】《桜の絵巻》枝垂れ桜のように花びらが舞い落ちる。間に見える緑色は木々が芽吹く様を表現
【写真】《地平線―白い菊》12輪の菊の花には、東日本大地震の犠牲者への鎮魂の気持ちが込められた。ここ四倉海岸は、かつて蔡が7ヶ月間暮らし、地元の人とともに作品をつくった土地でもある
まだ世界的名声を得る前の若き蔡は、故郷の中国を出て来日し、9年間を日本で過ごした。福島県いわき市にやってきたのは1988年。ここで蔡は、生涯の友となる一人の男性と出会う。それが、今回の白天花火イベントの実行委員長を務めた志賀忠重だ。
出会った頃の蔡を「若くて、面白くて、弟ができたような気持ちになった」と語る志賀は、それまでアートとは無縁の人生を送っていたが、無名の蔡の作品を気に入って購入し、親友となり、さらには“いわきチーム”と呼ばれる仲間を率いて蔡の創作活動にも深くかかわるようになる。いわきの海岸に打ち捨てられた廃船を蔡とともに掘り出し、アート作品として完成させ、世界中の美術館で展示されるたびに、いわきチームが同行して設営を手伝った。そのいわきが東日本大震災と原発事故に見舞われたときは、蔡は自らの作品を売って支援を申し出た。そんな苦難の中、志賀が起こした行動には、蔡も驚いた。いわきの山に、桜の木を植え始めたのだ。