「芸術家は戦争を止めることはできないが…」 世界文化賞受賞のアイ・ウェイウェイ氏、会見で語る
--今の日本では芸術と政治を切り離して考える傾向が強くありますが、芸術は社会と密接に関係するべきだと思いますか
第二次大戦終了後、長く平和な時代が続いたため、どうしても「芸術は芸術のためにある」という傾向がありました。芸術を、人間の格闘と直接結び付けない考え方が支配していたわけです。
しかし現在世界で起きていることを見渡すと、非常に多くの人が苦しみに直面し、何億という人が難民として自分の国を追われている。豊かな人も貧しい人も。
ヨーロッパで起きている戦争の状況からも明らかです。誇張ではなく、第三次大戦につながってしまうのかもしれません。このほか環境問題やエネルギー危機…食糧危機で飢饉がやってくることも考えられます。今後、想像もつかない人類の危機が起こる可能性がああります。
また、中国が非常に豊かになり、超大国になった。歴史的にこれほど中国が超大国になったことはない。そのこと自体は結構だとしても、中国は国際的な価値観を共有せず、人権や表現の自由、経済活動の自由を受け入れていない。これは世界的に大問題だと思います。
私の芸術活動は個人的な体験に根差しています。父は詩人でフランスで学んだのですが、帰国後に共産党から地方へ下放され、20年もの間、一行たりとも詩を書けない状況に置かれました。私は極端な権威主義による知識層への弾圧を経験してきたわけです。中国の政治は当時、芸術や文化を認めないものでした。
芸術には常にメッセージがあり、発し続けるべきだと思います。芸術は常に、人の深いところにある哲学的思想、倫理的信条と結びついているのだと思います。
芸術家として、そもそも芸術は何のためにあるのかを自問しなくてはいけない。いかに芸術が人間と結び付いていくのか、人間性の危機をどう乗り越えていくのか、と。
--ロンドンのナショナル・ギャラリーで14日、環境保護団体の活動家がゴッホの名画「ひまわり」に缶入りのトマトスープを投げつける事件がありました。アイさんはアマゾンの森林伐採という環境問題を題材に作品も作られているが、この事件についてどう思いますか
環境危機への怒りは分かる。でも、意味のある行動が必要だ。ものを壊すことは近視眼的な理解に根差していると思います。特に美術館にある作品は公共の所有物であり、怒りまかせに破壊するべきではない。
--あなたはこれまで、問題が起きている場所にまず足を運び、状況を理解しながら作品を作ってきた。ロシアの侵攻が続くウクライナに行く考えはありますか
ウクライナでは既に半年も戦争状態が続いている。確かに私も発言する声をもっています。自分がウクライナ人だったらといつも自問し、そうだとしたら、母国とその国民を守るだろうと思います。とはいえ、その声は十分でないのかもしれません。国際秩序とか正義を標榜する声は聞こえてきますが、それらは単なる声でしかない。
もし私がウクライナに行くことで役に立つのなら行きます。しかし現況では、当事者らがそれぞれ違った目的、いろんな政治的条件で動いている。ウクライナは自国の文化と尊厳を守ろうとしているが、ロシアは引き下がらず、場合によっては核兵器の使用も辞さないと脅しをかけている状況です。これは、ロシアとウクライナにとどまらず、人類と世界の秩序に関わる問題です。まず、われわれは歴史をきちんと理解することで、より良い洞察が可能になると思います。
人類に対する犯罪や未曾有の危機が発生したとき、芸術はそれに対する手段、ツールになると思います。人間性を回復させ、人と人を結び付け得ると考えます。おかしなイデオロギーのために、自分の人生や生命を犠牲にする必要があるのか否か。芸術はそんな、人間の深いところにある感情を呼び起こすものだと思います。
--昨年オープンした香港の美術館「M+(エムプラス)」はアイさんの作品を所蔵しているが、一部の作品が展示されない状況にある
私の作品はM+で、政治に対して直接的に異議を投げかけていないものについては展示されている状況です。国家安全法の施行以来、香港の政治状況は完全に様変わりしてしまいました。香港はもう、中国の普通の都市の一つになってしまった。中国には14億人の民がいるが皆、同じ声を発している。他と違う意見は言えない。例えば強権的な政府が「ゼロ・コロナ」政策をとり、(厳しい隔離やロックダウンなど)刑務所のような状況が発生している。皆、良い指示であろうと馬鹿げた指示であろうと政府の言うことには従う。香港も同じような状況になっている。
しかも香港で終わりではなく、中国は台湾に対しても同じ体制を押し付けようとしている。台湾は長きにわたり政治的に独立してきたが、中国はどんな手段をとってでも、いわゆる台湾統一をしようと圧力をかけるでしょう。中国の現政権の考え方は、プーチン大統領のウクライナに対する考え方と同じようなもの。このような古い考え方、大国としての栄光を求める考え方はとても危険だと思います。
芸術家は戦争を止めることはできない。過去も現在も、将来もそうでしょう。そういう意味では無力かもしれません。しかしながら人々の感情に訴えかけ、間違った考えを持つ国家に異議を唱えること、人生は意味のある美しいものなんだと人々にメッセージを出すことができる。そういう意味で、われわれはパワフルな存在だと考えます。
--2009年に日本の森美術館で大規模な個展を開いて以来、久々の来日ですね
東京に来るたび、強い感銘を受けます。日本社会は非常に文化的、社会的秩序を保っており、ショックを受けるほどすばらしい。社会としても個人としても努力を惜しまず、状況を良く理解して秩序立っている なと感動します。
--世界文化賞の受賞について
光栄に思います。とても私にその資格はないと思いますし、何かの間違いで受賞してしまったのかもしれません(笑)。
この賞は母に捧げたいと思います。父が下放され、一家はゴビ砂漠の中で非人道的な生活を強いられました。非常に厳しい状況で、母なくしては私も父も生きのびることはできなかった。母のおかげです。母はとても素朴な女性で、常に真実を信じ、忠誠心をもっていた。そんな母を私は誇りに思っています。母も私のことを大事に、誇りに思ってくれています。