イサム・ノグチの彫刻庭園に設置された「失われた時を求めて」とは?|青野尚子の今週末見るべきアート
丹下健三が設計した東京・赤坂の〈草月会館〉。その1階にある石庭《天国》はイサム・ノグチが手がけた、屋内に広がる立体的な庭のような場所だ。その《天国》でイギリスの現代美術作家、ケリス・ウィン・エヴァンスの個展が開催されている。2018年に同じ場所で開かれた個展の第二章と位置づけられた展覧会だ。
会場には3本の光の柱が立ち、枝ぶりが美しい松が数本、置かれている。松の中にはゆっくりと回転しているものもある。階段状になった《天国》の一番上にはマルセル・プルースト「失われた時を求めて」の中から噴水に関するテキストの抜粋をネオンの文字で表現した作品《F=O=U=N=T=A=I=N》がある。
作者のケリス・ウィン・エヴァンスはウェールズ出身であり、英語とは異なる語彙や構造を持つウェールズ語を母語としている。彼が「翻訳」という行為に強い興味を持っているのはそのためだ。今回展示されているプルーストのテキストはフランス語から日本語に翻訳されたもの。エヴァンスはフランス語から英訳されたものを読んでいる。フランス語、英語、日本語のテキストは同じ内容であってもそこにはギャップがあるはずで、彼はそのギャップに惹かれるのだという。
引用されたテキストの噴水は、ユベール・ロベールが描いたものを指すと思われる。「廃墟の画家」として知られる18世紀フランスの画家だ。また何かを描くことは、エヴァンスが興味を持つ「翻訳」の一つと考えることもできる。ロベールは実在の建物や風景だけでなく、そこに架空の建造物などを組み合わせた廃墟のような絵画で知られた。既存の光景を絵画に「翻訳」するだけでなく、廃墟に寄せる人々の想いを絵画に「翻訳」したとも解釈できる。