ザ・インタビュー システムが生む「ワル」たち 歴史学者・岡本隆司さん著『悪党たちの中華帝国』
本書が選んだ「悪党」は12人。逆臣の代名詞的存在である唐の安禄山や、11人の君主に仕えた変節漢と指弾される五代十国時代の馮道(ふうどう)といった〝いかにも〟な名前はもちろん、「貞観の治」で知られる唐の太宗など、意外な人選も多い。
しかし、現代の歴史学の視点に立てば、善政イメージを裏切る太宗の事績やその狡猾(こうかつ)な自己宣伝ぶり、西方異民族のソグド系突厥(とっけつ)人である安禄山が担ったユーラシア規模のダイナミズム、君主個人ではなく「国に忠」を唱えた馮道の忠義観など、伝統的史観の善悪判断では片づけられない複雑な実態が見えてくる。本書はそこから、「中華帝国」が「悪党」を作り出すシステムを逆説的に浮かび上がらせる趣向だ。
「語りたいのはあくまで『中華帝国』で、『悪党たち』ではないのです」
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12人中、五代・宋代と明代に計8人が配され、これら2つの時代が特に重視されているのがわかる。
「私なりの中国史の見方では、唐代と宋代の間および明末清初。この2つが大きな変革期で、ここを押さえれば中華帝国はつかまえられるというスタンスです」
唐宋変革期の後、中国の政治・経済の担い手は貴族から平民に移行し、中世から近世へと転換していく。2つの変革期に共通するのが社会の制御不能化で、秩序の再構築が統治の課題だった。このうち中原を中心としたコンパクトな帝国を選んで繁栄したのが北宋で、「このサイズならば欧州や日本のようなネーション(国民・民族)が形成され、今の巨大な中国にならなかった可能性も存在した」。だが最終的には明末清初の時期に「中華帝国として一つにまとめるという方向性しかなくなった」と岡本教授は位置づける。
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「西洋的なネーション概念では、中華帝国が人々をまとめあげるシステムは解けない。しかし現在の国際関係はネーションに基づかざるを得ないわけで、中国も『多元一体の中華民族』を叫ぶことになる。すると国内では多元を一つにする軋轢(あつれき)が生じ、国外からは独裁・強権批判が生じてくる」
そしてこの軋轢は、昔から形を変えて続く問題でもある。広大な領域の多民族を統治する帝国では、絶えずバラバラになろうとする遠心力と、それを阻止せんとする中央の求心力がせめぎあう。「悪党たち」とは、この軋轢を緩和する装置をそれぞれの時代で見いだした人々でもあった。現在の中華人民共和国でも、その事情は変わらないという。「そして時代が変われば、前の時代に正しかったやり方も否定され、『悪党』のレッテルを貼られる。それも含めて一つの装置という気がしますね」
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おかもと・たかし 昭和40年、京都市生まれ。京都大学大学院文学研究科博士後期課程満期退学。博士(文学)。宮崎大助教授を経て京都府立大教授。専攻は東洋史・近代アジア史。著書は『属国と自主のあいだ』(サントリー学芸賞)、『中国の誕生』(樫山純三賞、アジア・太平洋賞特別賞)など多数。