「サムライのおしゃれ」はどこで決まるのか。初の一般公開となる後藤象二郎のサーベルにも注目
のコレクションから、武家文化の日常生活のなかで育まれたサムライの刀装具や、提げ物の印籠根付の優品を紹介し、サムライや江戸時代を生きた人々の「おしゃれ」に注目する特別展「サムライのおしゃれ―印籠・刀装具・風俗画―」が同館で幕を開けた。初の一般公開となる後藤象二郎のサーベルや、同館を代表する国宝《曜変天目(稲葉天目)》も7月30日まで展示されている。担当学芸員は山田正樹(静嘉堂文庫美術館学芸員)。
サムライの装身具などといった近世の美術工芸品は、海外において浮世絵と同様に日本を代表する美術品として高く評価されている。明治期以降はネクタイピンやカフスボタンのようなおしゃれな品として、世界中の愛好家に蒐集されてきた。本展では、「サムライのおしゃれ」をテーマに同館コレクション品が紹介されている。
「第1章 サムライのおしゃれ」では、戦の装束からサムライのおしゃれを解きほぐしていく導入となっている。一番最初に展示されている狩野養長《蒙古襲来絵巻 摸本
巻二》(1867)は、現在三の丸尚蔵館に収蔵されている国宝《蒙古襲来絵詞》の摸本だ。これは、元寇に参加した御家人・竹崎季長の命によって事細かに描かれたものであり、当時の武家装束が的確に描かれている史料としても優れているという。ここで描かれているのは弘安の役における季長一党の様子であり、その華やかな鎧兜やほかの武士と差別化を図ったであろう季長の金色の拵に注目してほしい。
今回メインとなっているのは、土佐藩士・後藤象二郎がイギリスのビクトリア女王より拝領したとされるサーベルだ(1868、ロンドン製)。これは、1868年3月に起きた攘夷志士による英国公使ハリー・パークス襲撃事件の際、新政府の接待係であった後藤と薩摩藩士・中井弘による護衛に対し、感謝のしるしとして贈られたもの。長らく所在不明であったこのサーベルは、2021年東京・世田谷にあった静嘉堂文庫の書庫で発見され話題を集めた。本展において初めて一般公開されている。
第2章では「将軍・大名が好んだ印籠」をテーマに、同館が収蔵する静嘉堂創始者・岩崎彌之助(三菱第2代社長、1851~1908)による蒐集品276点から選りすぐりの印籠40点が紹介されている。「印籠」というと水戸黄門の有名なシーンを思い出す方も多いと思うが、本来の用途は常備薬を入れて着物の腰帯に下げて携帯するものだ。江戸時代以降には、この印籠にデザインや技術を凝らすことで、個性を表すおしゃれアイテムとして上層階級では流行したようだ。
とくに将軍家や大名家においてはお抱えの印籠蒔絵師が存在し、流派ごとの技巧が際立っている。印籠の蒔絵は、密閉性の高い小さな木製のケースに精緻な仕事を施すことから並の職人では行えず、主に江戸や京都を拠点とする職人が手がけることが多かったようだ。本展では、名古屋を拠点に活動した尾張徳川家の御用印籠蒔絵師・吉村寸斎による作品も展示。吉村による高い技術が施された作品は現存数が少なく希少だという。
輝かしい屏風が目を引く第3章では、それらに描かれた江戸や京都の風俗画から、当時を生きた人々の装いについて詳細に読み解いていく。とくに本章のメインとして展示されている《四条河原遊楽図屏風》(17世紀)には、京都四条河原に誕生した芝居小屋や見世物小屋で遊興する人々が描かれており、武士や若衆、遊女、女歌舞伎役者など様々な身分の人々の「おしゃれ」を観察することができる。
ほかにも、サムライの腰を飾った刀の装具についても細かく分解し、紹介されている。江戸時代に編纂された古美術図録『集古十種』にて室町幕府15代将軍・足利義昭の短刀としても紹介される著名な「藤丸」の写しや、絢爛豪華な作風を得意とする江戸金工の石黒派・石黒是美による代表作も展示されている。
「第4章
貴人のおしゃれ」では、重要文化財である《羯鼓催花・紅葉賀図密陀絵屏風》(17世紀)が展示。密陀絵(顔料に密陀僧と呼ばれる一酸化鉛を加えた一種の油絵)として描かれた重厚な本作では、貴人たちの豪華な装いや雅な音楽の世界が表現されている。この技法で描かれた作品は奈良時代以降ほとんど残されておらず、あらゆる漆芸技法を駆使して描かれたこの大作は非常に珍しいものだという。
また、同館を代表する国宝《曜変天目》もこの機会に鑑賞することが可能だ。一般初公開のサーベルや同館による印籠コレクション、国宝まで見どころたくさんの本展にぜひ足を運んでみてはいかがだろうか。