「鬼メンタル」広瀬八段、タイトル戦で「無敵」の藤井竜王と将棋の深淵に触れる旅へ[指す将が行く]
間もなく開幕する第35期竜王戦七番勝負。藤井聡太竜王と広瀬章人八段のポスター撮影の際、記者も撮影をしていたのだが、醸し出される両者の雰囲気を言語化したらどうなるのか。直感で浮かんだ言葉が深淵だった。
藤井竜王の撮影を終えた夜、記者(吉田祐也)は若杉和希カメラマン、(藤)先輩(観る将コラムの執筆者)と一緒に食事をして、藤井竜王、広瀬八段から感じた写真のイメージについて、冒頭の言葉を投げかけてみた。すると、若杉カメラマンは「自分も全く同じイメージでした」と話した。会話の流れで(藤)先輩は「神の一手なんてない」と、そんなキャッチコピーを生み出した。3人のイメージは重なっていたのだ。
これまでに10度登場したタイトル戦で、一度も敗れたことがない藤井竜王。五冠を保持し、20歳にして将棋界の第一人者となった「無敵」の竜王に対し、「鷹揚(おうよう)流」で、ぶれない心を持つ広瀬八段は爪痕を残すのではないか。そんな期待を抱かせる棋士なのだ。
思い返せば、広瀬八段が初の竜王を獲得した2018年の第31期竜王戦七番勝負は、タイトル獲得通算100期が懸かった羽生善治九段とのシリーズだった。羽生九段の大偉業なるか。広瀬八段は声援が少ない側であり、困難な状況だったが、平常心で戦い続け、フルセットの末に勝利した。タイトル100期を阻むと同時に、羽生九段が27年ぶりに「無冠」となった歴史的瞬間だった。
竜王となった広瀬八段は「スター棋士が無冠になるピンチの時に、自分が挑戦者となったのは不思議な巡り合わせでした。ただ、こうした状況で結果を出す人が、勝ち残っていく人だと思いました」と決然と語ったのだ。穏やかな性格に秘められた、ゆらめく闘志。忘れられない強い言葉だった。
そして、1年後。2019年の11月に広瀬八段は再び大勢の報道陣に囲まれる大一番を戦った。王将戦の挑戦者決定リーグ戦の最終戦で、広瀬八段は当時七段だった藤井竜王と相まみえた。勝った方が王将の挑戦権を得る一戦。藤井竜王にとって、タイトル最年少挑戦が懸かる一局であり、100人ほどの報道陣が東京・千駄ヶ谷の将棋会館に押し寄せていた。