【新刊紹介】AIに支配された恐怖の監視社会:ジェフリー・ケイン(著)濱野人道(訳)『AI監獄ウイグル』
中国政府による新疆ウイグル自治区でのウイグル人への弾圧――、その実態はなかなかつかみにくい。本書は、アメリカ人ジャーナリストが168人のウイグル人にインタビューした迫真のルポルタージュである。そこで明らかにされたのは、最先端のAI技術によって実現された恐怖の監視社会だ。
本書によれば、2017年以降、ウイグル人をはじめ推定180万人にのぼるイスラム系少数民族の人々が、「思想ウイルス」に汚染され、「テロリスト思考」をもっていると中国共産党から糾弾されて、強制収容所に送り込まれたという。そこでは拷問、洗脳、思想教化が過酷な環境のもとに行われている。著者はその実態を、被害者の証言内容を客観的に裏取りしたうえであぶりだす。
そもそもは9・11以後のイスラム過激派対策であったものが、2009年7月、新疆ウイグル自治区の首都で行われた反政府の抗議デモと暴動をきっかけに、中国政府は過激派とは無縁の無辜の民まで弾圧するようになった。当局は、各家庭を10世帯ごとにグループ分けし、住民同士を互いに監視させ、密告を推奨する。さらに大規模な取り締まりを効率化させたのがITテクノロジーである。
こうした技術は、当初はアメリカの企業から導入され、その後は中国の起業家たちによって実用化され、高度に進化していった。いたるところに設置された「コンビニ交番」と呼ばれる検問所と、膨大な数の監視カメラ、さらには顔認証や音声認証技術によって、その人の行動は常に見張られている。購買やウェブ閲覧履歴は筒抜けとなり、はてはDNA情報など生体認証もデータベース化された。人々は、当局に協力しなければ怪しまれ、ある日、突然、姿を消すことになる。
当局が開発したAIは、収集された個人データをもとに、人々を「信用できる」「信用できない」と色分けする。この「予測的取り締まりプログラム」によって、16年以降、当局は「罪を犯しそうだとAIが予測した容疑者を拘束できるようになった」という。その導入にかかわった人物の「でも、AIに怪しいと名指しされた人たちがほんとうに怪しいのかどうか、わたしにはわかりませんでした」という証言は空恐ろしい。
本書で紹介される、ウイグルの首都で生まれ育った若きインテリ女性の証言は重い。学業優秀で北京の一流大学に進み、トルコの大学に留学するも、弾圧強化にともない彼女も当局に目をつけられた。帰省した折に拘束され、強制収容所に送り込まれて洗脳される。そこでは自ら考えることを放棄し、ひたすら中国共産党に忠誠を誓うことを強制される。彼女の運命は――。
幸運にもトルコやエジプトに逃れた大勢のウイグル人たちにも、再び災厄が巡ってくる。習近平の「一帯一路政策」によって多額の資金援助を得た両国は、彼らを中国に送り返しているのだ。
本書は、中国共産党の非道を訴えるのと同時に、AIに支配された社会の恐ろしさをわれわれに教えてくれる。
滝野 雄作
書評家。大阪府出身。慶應義塾大学法学部卒業後、大手出版社に籍を置き、雑誌編集に30年携わる。雑誌連載小説で、松本清張、渡辺淳一、伊集院静、藤田宜永、佐々木譲、楡周平、林真理子などを担当。編集記事で、主に政治外交事件関連の特集記事を長く執筆していた。取材活動を通じて各方面に人脈があり、情報収集のよりよい方策を模索するうち、情報スパイ小説、ノンフィクションに関心が深くなった。