仏紙も注目、女性のリアルを描く異色の漫画家・鳥飼茜の魅力とは
フランスの書店のマンガ売り場において、鳥飼茜の作品は異彩を放っている。フランス人が最初に読んだ彼女の作品は『先生の白い嘘』だった。2020年1月、初めてフランス語版が出版された鳥飼の作品だ。
この作品は、ミソジニーと性暴力を正面から取り上げる。若い教師である主人公の原美鈴は、レイプされたことがある。傷を負った彼女が立ち直ろうともがき、自問自答する姿が描かれる。その描写は、非常に詳細で人の心のひだに触れるかのようであり、穏やかではなく、ときにエロティックだった。
この作品には、2017年に燃え上がった#MeTooの運動と共鳴するところが多い。しかし、このマンガの連載が日本で始まったのは、その運動が始まる前の2013年のことだった。それでも日本で話題となり、売り上げは全8巻累計で100万部を超えた。
「マンガはファンタジーの世界だと思われがちですが、私はそういう要素をほとんど入れません。私はいつもリアルなものを描きたいと思っていました。『先生の白い嘘』については、ファンタジーの真逆というか、現実のシビアな部分を中心に描きました。あのマンガが注目されたのは、みんなが思っていても言えなかったことを描いたからだと考えています」
2023年1月末、フランスのアングレーム国際漫画祭に出席した鳥飼はそう語った。
1981年生まれの鳥飼のキャリアは、『先生の白い嘘』の約10年前、講談社の少女マンガ雑誌から始まった。連載もののマンガを描くようになる前は、『ユー ガッタ ラブソング』などの短編作品を描いていたが、キャリア初期から彼女が描き続けるテーマは、パートナーとの関係や恋愛関係で傷つき、不幸になる女性たちだ。彼女自身のプライベートな関係や、一人で息子を育てる苦労について問題提起する話も描いてきた。
「私はパートナーといい関係を築きたいと願っているのですが、うまくいきません。そうすると、何が悪かったのか、理由を考えます。原因がわかれば、関係は続くかもしれないからです」
そう考えて行ったところ、恋愛がうまくいかないのは、相手とのあいだの問題だけでなく、性差別や教育にも起因すると鳥飼は考えるようになった。
「これらの固定観念は自然に身につく物ではなく、その人たちが育った環境によって作られたものです」
鳥飼にとって、彼女のマンガは社会派というよりも、万人に通ずる個人的な人間の物語なのだという。
「私が作品で描いてきたのは、人間がどう生き、どう幸せを見出すかという点です。私が表現したいのは、周囲の人、自分の息子や大事なパートナーにも言いたいことです。ただ、そういうことを追求していくと、結局、社会の問題につながっていきます」