もし新聞記者が「心霊ネタ」を振られたら…小説家・高野和明が幽霊に「科学的」に臨んだ理由
―過去には幽霊が活躍する『幽霊人命救助隊』や、霊の憑依ミステリー『K・Nの悲劇』といった著作もありますが、今回、あらためて「幽霊」をテーマにしています。
幼稚園の頃、母が『日本のおばけ話』などに載っている幽霊話をたくさん読み聞かせてくれました。以来、筋金入りの幽霊好きで、骨の髄まで幽霊が染みわたっている感覚があります。幽霊は私にとって、想像力が最も働きやすいテーマの一つなんです。
―今作の舞台は'94年、東京・下北沢の踏切で女性の幽霊が目撃された。主人公の雑誌記者は、心霊写真を手がかりにして謎を追いかけます。
'95年以降、デジタル社会が急速に進み、心霊写真が格段に偽造しやすくなるので、その前である必要がありました。また'95年のオウム真理教地下鉄サリン事件でマスコミが一斉に心霊ネタから撤退しているので、幽霊を描くなら'94年が最後のチャンスでした。バブル崩壊後の暗さも、物語に作用したと思います。
'94年というと、私自身はもう社会人になっていました。当時を思い出しながら、自分も昔話をする年齢になったんだと実感(笑)。あの頃の新宿や下北沢の雰囲気は良かったなという懐かしさもあります。
―芸能ジャーナリズムや新聞記者、警察、政治、キャバクラなどの細かい描写もリアルです。本作はフィクションですが、ノンフィクションのような濃密な現実感を伴う読み心地があります。
まずは文献資料で徹底的に調べ、それでもわからない部分は専門家にうかがうのが、執筆時のルーティンです。当時の資料をたくさん取り寄せ、「ナンバーワンの夜の蝶になるための手練手管」みたいな記事も読み込みました(笑)。
今回は芸能ジャーナリストや元新聞記者、元警察官といった方々にも話を聞きました。小説家になると第一人者に取材しやすくなるのが、本当にありがたい。一流の専門家は素人の疑問を一刀両断にしてくれるので、目からうろこが落ちる思いを何度も味わうことになりました。素晴らしい取材で、とても楽しかった。
―今作も読むのが止まらなくなる、巧みなストーリーテリングが貫かれています。
場面ごとに、読者の関心がどこに向いているかを常に考えています。読者が関心を持たなくなったら、それは本を捨てる時です。
定型の最善手があるわけではなく、先人に学んだり、自分で考案したりして手法をアップデートします。「もっと面白く語れる方法があったのでは」という思いが、常に強迫観念みたいに付きまといながら書いています。毎回、手探りです。