『三体』がきっかけに…作家・熊谷達也さんは、なぜ初の本格SF『孤立宇宙』を書いたのか?
『邂逅の森』などのマタギの物語や、東日本大震災に関連する作品で知られる直木賞作家・熊谷達也さんが、初の本格SFである『孤立宇宙』を上梓した。2200年代、宇宙を舞台にした作品に、ファンからも驚きの声が上がっている。なぜSFを書こうと思ったのか、熊谷さんに理由を伺った。
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――時を超えて宇宙に広がる壮大な物語。初の本格SFを手がけることになった経緯からお伺いしたいです。
もともと私はSF作家になりたかったんです。読書欲が旺盛だった若い頃はちょうどSF黄金期で、読書の9割方はSFでした。実はその頃、コンテストに応募したこともあるんですよ。しかしそのうちSFからは遠ざかってしまい、動物小説の『ウエンカムイの爪』でデビューしました。
今回の執筆の直接のきっかけは、コロナ禍でした。時間ができて最近のSFを読み始めるうちに、自分でも書きたくなったのです。
――新世代のSFは話題作も多く、昨今はブームが再燃していますね。
ええ。昔好きだったのはアーサー・C・クラーク、ジェイムズ・P・ホーガン、ラリー・ニーヴンあたりのハードSFでした。現実の科学理論を踏襲し、ファンタジーに流れていない作品です。
ところが一時は現実の科学技術が急速に発達してしまい、作家の想像力が追いつかない傾向が続いていました。「現実を超える面白い設定ではもう書けないのか」と思い込んでいた私に刺激をくれたのは、日本でもベストセラーになった『三体』でした。現実の物理学を踏まえながらやれることをあの作品が示してくれました。そこから自分なりに試行を始めたんです。
――2200年代を生きる相原蓮(レン)と工藤彩音(アヤネ)が、高校時代を回想するシーンから始まります。彼らの青春は2059年なので、レンは現在159歳ということになりますね!
時系列で設定を説明すると、まず2043年に人間の能力を超える「AGI(汎用人工知能)」が完成して、人類はシンギュラリティ(編集部注:技術的特異点=AIが人間の知能を超える時点)を迎えます。その時、地球では小惑星衝突(2065年)が予測されている。
シンギュラリティ後、'65年までに資源を集中させた人類は、火星への移住や系外惑星への進出を進めました。そして大規模地下シェルターの建設、人間の意識の機械へのアップロードといった技術を実現しています。
――'65年のXデイを乗り切った2201年のレンは、シェルター警備の任務に従事しています。相棒は未来(ミク)で、AGIの「ツクヨミ」が彼らをサポートしています。
日本でも各地にシェルターができて人々は避難していたのですが、Xデイ後にはシェルター間で断絶と争いが起きています。人類はこんな苦境にあっても手を取り合うことができていない。団結できずに各コロニーは孤立状態にあります。
――謎の救難信号を確認するため、レンはシェルター外に出ます。そこでレンが死亡したのには驚きました。読み始めて20ページほどで主人公が死んでしまう(笑)。しかも159歳の彼の「三度目の死」だそうで。
エンタメなので随所で驚かせたいんです(笑)。本書中で人間は「サイバースペースのアバター」「アーマーボットへの意識ダウンロード」「コールドスリープさせた肉体を蘇生させる」という三形態で生き残れるようになっています。その結果、ある種の不老不死を手に入れたのですが、ここでは人間の「意識」の問題もテーマにしています。形態を選択できて生き返れるようになったとき、意識はどうあるのか。様々な知見をベースに想像力を働かせました。