人形に宿る「おどろおどろしい情念」。「私たちは何者?ボーダレス・ドールズ」展(渋谷区立松濤美術館)レビュー
「人形美学」の先駆者である美学者の増淵宗一は、著書『人形と情念』(1982)において人間と人形の関係性をこのように表現している。なるほどたしかに、私たちは生まれてから現在にかけて、なにかしらのかたちで「人を模したなにか」と関係を結んできた。
渋谷区立松濤美術館で2023年8月27日まで開催中の「私たちは何者?ボーダレス・ドールズ」展では、人間が様々なかたちで関係を結んできた、ありとあらゆる領域の人形と呼ばれてきたものとの情念を網羅的に鑑賞することができる極めて珍しい展覧会だ。
しばしば開催される「人形」を展示する展覧会は、特定のグループ群、たとえば雛人形やビスクドールなど特定の種類を集めた展覧会、商業用人形の周年記念企画、人形作家の個展やグループ展などを主軸としたものが多い。研究者や愛好家などにとっては、特定のグループ群における縦と横のつながりを理解するという意味では意義深く楽しむことができるが、もう少しカジュアルな動機で見てみようという人たちにとっては、前提となる知識がないとどう鑑賞してよいかわからない、そもそも人形を「鑑賞」するとはどういうことかなど、良くも悪くも鑑賞者側のハードルを上げてしまう可能性がある。当然、これは「人形」の展覧会に限ったことではないが、人形と親密な関係を結んできた人ほど、そう思ってしまうかもしれない。
しかし本展は、「そんな日本の人形の一括りにはできない複雑な様相を、あえて「芸術」という枠組みに押し込めず、多様性をもつ人形そのものとして紹介することで、日本の立体造形の根底に脈々と流れてきた精神を問うもの」(*2)として、かなり広い枠組みで人形というものをとらえようという試みがなされている。