司馬遼太郎生誕100年 記念館設計の安藤忠雄さん「未来へのメッセージ込められた司馬文学」
司馬作品は江戸から明治の近代日本を背景としたものが多いですね。激動のときを懸命に生き、身を賭(と)して道を切り拓(ひら)いた先人への敬意、そんな時代への強い憧憬(どうけい)の念が伝わってくる。
歴史上の英雄の物語というだけではないんですよね。彼らとともに新時代へ進んでいく社会の空気が、日本人という共同体がすばらしかったのだと。地に足のついた、考える「個人」が互いに支え合い、ともに生きていく。柔軟に、しかし、したたかにそれぞれの人生を紡いでいく。そんな社会の姿を、あるべき「この国のかたち」と考えられていたのかと思います。
司馬遼太郎記念館には雑木林があります。いろいろな樹種が混在し、強いものは生き残り、弱いものは自然と淘汰(とうた)されていくように姿かたちを変えながら共生していく小さな生命の森。司馬さんを思いながらそんなイメージで作りました。
実際、ロシアのウクライナ侵略や地球温暖化など現代世界には困難な問題が山積みですが、それらの解決にはまず「皆で一つの地球に生きているのだ」という思想が人類共通のものとしてないといけない。司馬文学が多くの人に愛されているのは、単なる過去の物語ではない、そうした未来へのメッセージが込められているからだと思います。
このままでは5年後には日本はないかもしれない。「ない」とは世界に必要とされるだけの信用がない、能力がないということ。そんな危機感もあり「生きる糧」になる本を若い人にもっと読んでほしいと思うのですが、なかなか難しい。その入り口になればと「こども本の森 中之島」(大阪市)などの子供向け図書館を各地に作り、自治体に寄付する活動を続けています。訪れた10人のうち1人でも「本はいい」と思ってくれればうれしいですね。
最近読み直したのは『菜の花の沖』です。商人の高田屋嘉兵衛が武士道精神をもって世界に飛び出していく痛快な歴史小説です。やはり司馬さんの本はおもしろい。そして深い。
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12日は東大阪市の市文化創造館で「生誕100年 司馬作品を未来へ」をテーマに「第26回菜の花忌シンポジウム」が開かれる。参加応募は締め切っている。
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あんどう・ただお 昭和16年、大阪市生まれ。高校卒業後、独学で建築を学び54年に「住吉の長屋」で日本建築学会賞を受賞、脚光を浴びる。建築界のノーベル賞とされる米プリツカー賞(平成7年)、高松宮殿下記念世界文化賞(8年)など受賞多数。22年に文化勲章。東京大学名誉教授。