現代アートの定点観測。「六本木クロッシング2022展:往来オーライ!」に22作家が集結
サブタイトル「往来オーライ!」は、現在の日本に息づく多様な文化が異文化交流や人の往来の歴史の産物であることの再認識を促し、コロナ禍で途絶えた人々の往来の必要性を提示する意図を考案されたもの。
同展は、開催以来ゲストキュレーター招いた共同キュレーション形式を採用して、「キュレーションのクロッシング」を実現してきた。今回は、近藤健一(森美術館シニア・キュレーター)、天野太郎(東京オペラシティ
アートギャラリー チーフ・キュレーター)、レーナ・フリッチュ(オックスフォード大学アシュモレアン美術博物館
近現代美術キュレーター)、橋本梓(国立国際美術館主任研究員)が企画を担当。ジェンダーバランスにも十分配慮された構成となっている。
コロナ禍という状況のもと、この4名によって構想された本展は「さまざまな隣人と共に生きる」「日本の中の多文化性に光をあてる」「新たな視点で身近な事象や生活環境を考える」という3つのトピックスをもとに構成されている。参加する1940~90年代生まれのアーティスト22組の作品は、トピックスごとに区切られることはない。しかし、会場を一周するとそこにはゆるやかな遷移が感じられた。
最初の部屋には、O JUNの絵画作品と青木千絵の彫刻作品が展示されている。本展メインビジュアルにもなっている《美しき天然》のほか、O
JUNが新たに制作した、多様な隣人を描いた作品群《マチトエノムレ》も展示されている。また、青木が自身のからだの一部を模して制作した抽象的な立体作品《BODY》シリーズは、漆塗りによる表面の光沢がウチとソト、自他の境界を感じさせる。
長い廊下のようなスペースには、《father》で知られる写真家・金川晋吾の作品が展示されている。今回出展されるのは、長いこと行方不明だった認知症を患う伯母を撮影したポートレート《長い間》。何も覚えていない伯母との間に、撮影を通して新たな関係が築かれていったという。
道を進んだ先のスクリーンには、アイヌの人々を主題にした池田宏のスライドショー形式の作品が投影されている。左手の個室に展示されているのは、松田修の作品。スクリーンにはスナックを営む女性が映し出され、シリアスでユニークな語りが続けられる。その空間に配置された家具や什器は、映像のなかで語られるスナックで実際使われていた、廃棄寸前の備品を活用した新作インスタレーション。
右手の壁の向こう側では、キュンチョメの映像インスタレーション《声枯れるまで》が鑑賞できる。2019年のあいちトリエンナーレでも展示されたこの作品は、トランスジェンダーの登場人物がその性と名前を変えるまでの歴史を語り、新しい性の名前を叫ぶというもの。
次の部屋では、「パン人間」のパフォーマンスで知られる折元立身の作品を展示。世界各地でランチ振る舞う《おばあさんのランチ》シリーズから、福島、デンマーク、ポルトガルにおける実践の様子が鑑賞できる。
向かいの壁には、横山奈美が本展のために制作した新作ペインティング《Shape of your Words - T.K.
-》が展示されている。一見写真のようにも見えるこの作品は、知人による手書き文字をもとに横山がネオン管を制作して、それを見ながら描かれたものだという。文字のかたちが多様であるように、LOVEも多様というメッセージが感じられる。
その奥には、コロナ禍での生活の変化から生まれた市原えつこの新作《未来SUSHI》が広がっており、大将のペッパーくんによる未来の寿司ネタ紹介が楽しめる。
さらに進んだ部屋では、玉山拓郎の新作インスタレーションが展示されている。ミニマリズム建築のような黒い立体物は、実はベッドなどの家具を模したものだという。不気味な違和感と見覚えある既視感を同時に抱かせ、その感覚のズレから身近な環境を変容させる作品になっている。
順路に戻ると、より多文化性を強く感じさせる作品が続く。石内都の《Moing
away》は、金沢八景のアトリエにて「ここにいてはいけない」思い立った日から引っ越しまでを収めた、移住をテーマにした作品だ。潘逸舟の《声》は、日本に移住した当初、中国の祖母と自らを繋いでくれた公衆電話を用いた新作映像インスタレーションだ。海路による人々の往来などを主題にテキスタイル作品を生み出す家の呉夏枝(オ・ハヂ)も、床に古い太平洋の地図を投影した、移民・移住をテーマにした作品を展示している。
進藤冬華の作品《移住の子》《そうして、これらはコレクションになった》も、自身が北海道出身であることから、北海道への移住者のリサーチなどに基づいた、博物館に近い手法を用いた展示を行っている。
続いて、沖縄出身のアーティスト作品がならぶ。石垣克子は沖縄の風景を描いた絵画作品群を展示する。また、伊波リンダの写真作品《searchlight》は、戦時中に軍事用だったサーチライトを平和の象徴として利用する「平和の光の柱」から名付けたものだという。
やんツーの作品は、ガラスの向こう側で自律搬送ロボットが淡々と展示物の移動を繰り返すというもの。人間の選択が関与しない美術品の展示替えの様子は、美術が持つ人間中心性を浮き彫りにしながら、作品と単なる物体が同一に扱われることの残酷さも感じさせる。
SIDE CORE / EVERYDAY HOLIDAY
SQUADは、都市風景から着想を受けて夜間の道路工事用照明機材を用いた立体作品と映像作品を展示。「Reborn-Art
Festival 2017」に展示した作品のシリーズに位置付けられる本作は、東日本大地震の被災地と東京を、ストリートカルチャーの視点からつなごうとするもの。
竹内公太は、福島県の放射能汚染による立入制限区域内で警棒で描いたアルファベットの光跡写真《エビデンス》と、これをフォントとして組み合わせて制作された《文書:
王冠と身体
第3版》を展示し、身体と所有や個人と社会の関係性の課題を提示する。猪瀬直哉は、人間が登場しない精密な風景画作品群を通して、人間中心主義と自然との関係を問う。
最後の展示室を入ると、AKI
INOMATAの《彫刻のつくりかた》が並んでいる。ビーバーが齧った木材を「彫刻」として、それを模して人間が彫ったもの、機械によって彫られたものを並べることで、彫刻が人間の手によるものだけではないことを暗示している。
最後に展示されるのは、青木野枝の大型立体作品。青木が愛用する素材である鉄に光を留め置くためのガラスを合わせたこの作品は、雲を念頭に置いて制作されたものだという。往来の頭上に広がる空見上げたら目に入る雲、それは明日どんなかたちになるかわからない。不確かな明日を考える機会の提示を試みる本展を締めくくる作品となっている。
東日本大震災、新型コロナウイルス感染症といった身近な事象や生活を一変させる出来事を通して、私たちはこれまで見えていなかった事象を認識するようになった。そうして鋭敏になった感覚は、本展の「さまざまな隣人と共に生きる」「日本の中の多文化性に光をあてる」「新たな視点で身近な事象や生活環境を考える」という3つのトピックスとも呼応することだろう。
アートとアート、アートと人、人と人が交差する本展を訪れ、先の見えない明日について深く考える時間を過ごしてみてはいかがだろうか。