アニメの背景に見る建築・都市・時代。谷口吉郎・吉生記念 金沢建築館で「アニメ背景美術に描かれた都市」が開幕
本展は『AKIRA』(1988)、『機動警察パトレイバー the Movie』(1989)、『機動警察パトレイバー2 the
Movie』(1993)、『GHOST IN THE SHELL /
攻殻機動隊』(1995)、『メトロポリス』(2001)、『鉄コン筋クリート』(2006)の6つのアニメーション映画作品の背景美術を参照しながら、作品を演出するために込められた意図や工夫、そして実際の都市計画や建築との関連を深掘りする展覧会だ。
本展の企画者のひとりであるシュテファン・リーケレスはドイツのキュレーターでありアニメ研究者。日本のアニメのなかでも、とくに手描きによる背景美術が全盛期を迎えたとされる80年代後半から00年代にかけてのアニメ映画作品の研究を続けてきた。リーケレスは、すでにヨーロッパで背景美術を紹介する展覧会を実施していたが、日本で一堂に展示する機会は初めてだという。また、キュレーター/研究者の
明貫紘子と、谷口吉郎・吉生記念 金沢建築館の髙木愛子もリーケレスとともに企画に携わっている。
また、監修は建築史家/建築評論家の五十嵐太郎(東北大学大学院教授)が務めた。五十嵐は10年以上前からリーケレスの研究を知っており、本展の実現のための力添えをしたという。また、各背景美術がどのように建築の歴史的な文脈と接続しているのかについて言及する役割も担っている。
会場となるのはひとつの展示室。壁面には6つの作品の背景美術の原画が部屋を囲むように配置されており、中央には関連する都市イメージの資料、床面には五十嵐が監修した都市文化とアニメの年表が展示されている。また、リーケレス、五十嵐、明貫、髙木それぞれの解説テキストがパネルで用意されているのも本展の面白さだろう。各人の専門や知見に依った解説が、背景美術についての深い理解に寄与している。
冒頭で紹介される『AKIRA』は、原作を手がけた大友克洋が自ら監督として指揮をとったアニメ映画で、当時の日本の手描きアニメーションの技術の粋が結集された歴史的な作品だ。ディストピア的な世界である2019年の「ネオ東京」を舞台に、翌年の東京オリンピックに反対するデモ隊や、電動バイクを駆る暴走族集団、超能力を持つ者たちが巻き起こす騒動を描いた作品だ。
東京が爆発により消滅するシーンから始まる『AKIRA』だが、本展の冒頭に展示されているのもこのシーンの背景美術だ。時間の制約のために渡部隆によるレイアウトを美術監督の水谷利春が直接仕上げたもので、消滅前の東京を俯瞰ショットでとらえたカットとなっている。この背景は「パンアップしながら引く」というカメラの動きに沿って制作されており、下から上に向かって画角が変わり、扇のように背景が広がっていっていく。背景美術がアニメの動的な演出のために設計されていることが実感できるだろう。
サーチライトに照らされる高層ビル群も、本作を象徴するイメージのひとつだ。五十嵐はこのイメージに、フリッツ・ラングの映画『メトロポリス』(1927)や、当時日本屈指の高層ビル群であった新宿西口との関連を指摘している。
加えて五十嵐は、東京湾上の人工都市であるネオ東京に、1956年に発足した産業計画会議が提案した東京湾埋め立て計画との共通性を見て取る。バブル経済のただ中にあった88年の本作公開当時の日本においては、この埋め立て計画も過去の誇大的な想像とは言いきれないリアリティを有していたのかもしれない。
また、リーケレスは『AKIRA』の夜の都市景観に着目している。美術監督の水谷は赤と緑を強調した色彩設計によって、独特の明るさと怪しさを持つネオ東京の夜をつくりあげており、それが如実に伝わってくる。こうした背景美術の彩色の妙を間近で見ることが可能だ。
『GHOST IN THE SHELL /
攻殻機動隊』は、士郎正宗のマンガを原作に、押井守が映画化した作品だ。2029年の架空都市を舞台とする本作は、超高層ビルと雑然とした商店建築が共存する当時の香港をモデルに世界観を構築している。
本作の制作にあたり、スタッフは実際に香港ロケを実施した。梅雨時の香港の湿度でカメラのレンズが結露したことにより偶然撮られた、フィルターのかかったような写真に香港の濡れたイメージを感じたという撮影監督の小倉宏昌は、光が滲んだような表現を作品に導入した。
ロケーション・フォトグラファーを樋上晴彦が務めた本作は、その写真の多くがそのまま背景画のベースに採用されている。しかしながら、美術監督や色彩設計者が映像としての色彩を選ぶときの邪魔にならによう、それらはモノクロで撮影されたという。会場では樋上の撮影した写真がいかに背景美術となっていったのか、実物から知ることができる。
現実の東京を背景美術に取り込んだという点では、『機動警察パトレイバー the Movie』と『機動警察パトレイバー2 the Movie』にも注目したい。
『機動警察パトレイバー the
Movie』は、東京湾を陸地に変える「バビロンプロジェクト」が進行する東京が舞台となっている。こうした壮大な都市計画と対比的に描かれているのが、当時の東京の日常とともにあった街並みだ。『機動警察パトレイバー2
the Movie』では、よりその傾向は強まり、非日常が日常へと侵入してくる様が、誰もが知る東京の景色とともに描かれている。
靖国通り、国会議事堂、新宿の「アルタ」や「MYCITY」といった商業ビルが描かれた背景美術は、90年代中盤にかけてのバブル崩壊後の東京の風景が記録されているとも言える。また『機動警察パトレイバー2
the
Movie』のラストシーンに出てくる東京湾の埋立地は、かつての東京湾埋め立て計画のような壮大な計画ではなく、小さな埋立地がいくつも連なるようになった東京湾の現実の姿も映しており、時代の変化も読み取れる。
2000年代に入ってからの『メトロポリス』(2001)と『鉄コン筋クリート』(2006)の背景美術について、リーケレスはアナログとデジタルのハイブリッドならではの面白さを見て取っているという。
『メトロポリス』では、手塚治虫による原作マンガに描かれた未来都市メガロポリスを、監督のりんたろうと脚本の大友克洋が翻案して背景美術をつくりあげた。ふたりはニューヨークの建築のあり方を検討した『明日のメトロポリス』(1929)を参考にし、美術チームはローマをはじめとしたヨーロッパでロケーション・ハンティングを実施している。こうしたリサーチを結集させることで、どこかレトロなディテールをもった未来都市像がかたちづくられた。
松本大洋のマンガを原作とした『鉄コン筋クリート』の舞台となる「宝町」は、90年代までのアニメ映画によく見られた未来都市ではなく、昭和の東京の街並みが多国籍な要素と組み合わせられた独特の景観を持つ。美術監督の木村真二が膨大な量の線画による美術設定を描くことでつくりあげたその世界観を、背景美術から読み取ってもらいたい。
6つのアニメ映画作品の背景美術に着目するという限定したコンセプトを持つ本展。膨大なリサーチと巧みな演出意図が組み合わさった結果、こうした背景美術は建築や都市に対する分析的かつ批評的な視線をも持ち得るようになった。作品から背景のみを切り出したときの雄弁をぜひ現地で体感してもらいたい。日本製のアニメーション、そして日本の建築と都市が築いてきたものについて思考をめぐらせることができる展覧会だ。