今村裕の一筆両断 採用試験に臨んでいる教職員志望者へ-勉強するのは今です-
民間企業やほかの公務員試験よりも実施が遅く、教員志望者が流失してきたといわれてきました。文部科学省は令和6年度の採用試験で、日程を前倒しする改革案を示しています。さらに早めに大学3年生の「囲い込み」を狙う自治体も多いようです。一般企業の「青田買い」と同じ構造が教員採用試験でも起きてきているのです。
今まで述べてきたのは正規の教諭の採用についてです。正規の教職員にも教諭、養護教諭、栄養教諭、などの職種が存在し、教諭は経験を積み試験を受け、主幹教諭、教頭、副校長、校長と昇格していきます。職務内容として教務主任、生徒指導主事、いじめ不登校対策コーディネーター、ほかにもスクールカウンセラー(以下、SC)、指導援助補助員など、名称に違いはありますが、専門性をいかしながら学校長の指示命令のもと、学校運営の一翼を担っています。
あるSCが、スクール・サポート・スタッフ(指導補助員)と呼称される職員から相談を受けたときの話です。職員は特別支援学級で担任教諭の補助(要員)として仕事をしています。相談内容は「ある発達障害の子供への関わりについて、どうしたらよいか?」ということでした。SCは、その指導補助員の経験やこれまでの職歴、教育(特に特別支援教育)に関する専門性について少しずつ丁寧に尋ねました。
それで理解できたのは、指導補助員は、教頭からの口利き(依頼)でPTAの役職をしていて、どうしても補助員の人数が不足したので、教頭の推薦でその自治体の特別任用という形で雇われているということでした。つまり、特別支援教育、特に発達障害児への対応について知識や経験がまったくないということでした。指導補助員は教頭からの口利きもあり、非常に意欲的で、発達障害児のために何か役に立つことをやりたいと意欲満々でした。
SCは悩みました。発達障害児は一人一人個性が異なり、特別支援を専門とする教員でも対応は非常に難しいのです。しかし、その指導補助員は何か具体的な関わり方だけを知りたいと、焦りながら質問してくるのです。SCは一般的な方法について話しましたが、決してうまくいくものではないと念を押しました。結果的にうまくいけば良いが、うまくいかなければ、その方法を指導したSCに対して信頼感がなくなります。そこで、「いろいろ方法はあるかもしれませんが、まずは子供のことを一番よくご存じの担任の先生に相談してください。その上で担任の先生の指導のもと、子供との関わりをいろいろお試しする気持ちで関わってみてください」「具体的にどう関わるにせよ、まずはその子供の安全を心がけ、けがをしないことを第一にしてください」とアドバイスしました。
しかし、その指導補助員は教頭に「SCは相談しても何も教えてくれなかった」と伝えました。教頭は「SCとして困っている職員の話も聞いてくれない、役に立っていない」と、SCへの怒りをぶつけたのです。
皆さんはこのエピソードを読まれてどうお感じになられるでしょう。教頭も、指導補助員も、SCもそれぞれの職務範囲の中で精いっぱいの仕事を遂行していることは十分理解できます。しかし、ボタンの掛け違いが起こり、全員の力が子供ために動かずにバラバラになっています。
特に指導補助員は初めての体験で、肩に力が入り、なんとか結果を出したいと意欲を持って取り組んでいる様子がわかります。しかし、力量以上の仕事をしようと頑張れば頑張るほど、うまくいかないのは世の常です。早く成果を求めてもいいことはありません。ひとつひとつ体験を基礎に置きながら、さまざまな職種の人の力を借りながら勉強していくしかないのです。
一人一人の職員が、自分の職務の専門性を活かしながら一人一人の子供のために「いま、できることは何か」をお互いの職務に敬意を払いつつ尽力することでしょう。学校現場はこのように、さまざまな人が自分の力を出し合いながら成長している生き物のようなものです。
いま、採用試験を受験されている教職員の卵のみなさんは、来春以降学校現場に出てからが大変です。来春(さ来春)まで、時間的余裕がある「今こそ」教育の古典と言われる本を読んで勉強してください。長い時代を乗り越えていまだに残っている本ならば何でもいいでしょう。10年、20年たち今の若い先生たちに経験が蓄積されてきたとき、心に染み入るように役に立つのが「今から、勉強する内容」でしょう。目先のその時だけに役立つ方法だけを学ぶことに焦ってはいけません。「青田買い」で教職の道が見えてきた今こそ、しっかり学んでください。日本の子供たちの将来はみなさんの力に掛かっています。
■いまむら・ゆたか 昭和31年、福岡市生まれ。開善塾福岡教育相談研究所、福岡心理教育カウンセリングセンター代表。公立学校スクールカウンセラー。臨床心理士。公認心理師。福岡県立城南高校、福岡大学、兵庫教育大学大学院修士課程、福岡大学大学院博士後期課程。公立小学校教諭、福岡市教育センター、同市子ども総合相談センター、広島国際大学大学院心理科学研究科、大分大学大学院教育学研究科(教職大学院)、純真短期大学等を経て現職。