ザ・インタビュー 戦乱の穢土を浄土に 作家・安部龍太郎さん著『家康』シリーズ
安部さんがライフワークとして書き続ける『家康』は、こんな戦乱の世の中にあって、本気で「平和」を追い求める武将として描かれる。実際に、最終勝利者となった徳川家康は「パクス・トクガワーナ(徳川による平和)」と呼ばれる、世界史上、稀有(けう)な約250年間の「泰平の世」への道を開くのだ。
「『家康』を書きたいと思った理由は2つ。家康を通して(これまで見過ごされがちだった)『世界の中の日本』という視点から戦国時代を描くこと。もうひとつは、家康の人生を貫くテーマである『厭離穢土(おんりえど) 欣求浄(ごんぐじょう)土(ど)』。浄土教(往生要集(おうじょうようしゅう))の言葉ですが、家康は、これを政治的なスローガンとして掲げ、戦乱の穢土を平和な浄土に変えようとしたのです」
〝安部版家康〟が目指す「平和な世」とは、戦乱がないだけではなく、貧富の差もなくなり、誰もが食べてゆける社会だ。
「織田信長や豊臣秀吉が目指した世の中は『中央集権、重商主義』です。家康も当初、それにひかれたが、次第に考えを変えていく。そして、自分が思い描く世を実現させるためには、『地方分権、農本主義』が合っている、という結論に至るのです」
では、家康のビジョンや生き方で、今の世界情勢や日本の社会に生かせるものはあるだろうか?
新型コロナのパンデミックやロシアのウクライナ侵攻に伴うエネルギー、食糧価格の上昇はグローバル化した経済や政治の脆弱性をあらわにした。貿易立国であり、エネルギーや食料の自給率が低い日本は改めて農業や産業の足元を固めることや国の在り方を見直す必要に迫られている。
「私は『地方分権、農本主義』に戻ることが日本の再生につながると思う。とりわけ、少子化対策や地方の過疎化、耕作放棄地や空き家の急増などに対応するにはそれが大事。地域それぞれが創意工夫をして、皆が食べていけるようにする…これは家康がやったことにものすごく近い」
今年のNHK大河ドラマは『どうする家康』(主演・松本潤、脚本・古沢良太(こさわりょうた))。「狡猾(こうかつ)な狸(たぬき)オヤジ」という従来の家康像を変えたいという意気込みらしい。
安部さんによれば、こうしたネガティブなイメージも「江戸幕府を否定したい明治政府による恣意(しい)的な部分が大きく、今こそ家康を再評価すべきだ」という。
『家康』の完結(全16巻予定)まであと7、8年かかるとみている。「とにかく元気でいること。家康も健康には気を使い75歳(数え年)まで長生きしたからこそ理想の世の中を実現できたのですからね」
■あべ・りゅうたろう 昭和30年、福岡県生まれ。久留米工業高専卒。東京都大田区役所勤務を経て、平成2年『血の日本史』で単行本デビュー。25年『等伯』で直木賞を受賞。主な作品に『信長燃ゆ』『宗麟の海』『迷宮の月』など。ライフワークとする『家康』(平成27年~)は7巻(文庫判)まで発刊。