ヤノベケンジと奈良美智、90年代に「サブカルチャーの美意識」を試行錯誤した2人の邂逅
◇ヤノベケンジの世界から語る現代アート《Blue Cinema In The Woods / 青い森の映画館》
2006年夏、青森県弘前市にある吉井酒造煉瓦倉庫で『AtoZ』という展覧会が開催された。今や世界的に知られる現代美術家の奈良美智が、出身地である弘前市でクリエーターグループgrafと企画したものだ。アルファベットのAからZまでになぞらえた26の小屋を設置し、その中に奈良と、ヤノベをはじめ奈良と交流の深い8人のゲストアーティストの作品を展示する、という趣向だった。
ヤノベはこの展覧会で《Blue Cinema In The Woods / 青い森の映画館》と題した作品を出展した。2004年に制作した《Torayan: Cinema in the Woods / トらやん:森の映画館》の別バージョンとして生まれたこの作品は、小屋の入り口で「トらやん」が放射線を感知しながら踊っている。小屋の中には、白い象の背中が支える子ども専用映画館を設置した。そこでは、ヤノベの父が腹話術で操るトらやんから子どもたちに向けて、生き延びるためのメッセージを伝える映画が上映された。
「奈良くんは、自分の生き方や作品をきちんと見てもらえる存在。僕にとっては自分自身の立ち位置を知るための、星座みたいなもの。奈良くんも同じように、僕を見ているんじゃないかと思う」とヤノベは語る。
ヤノベと奈良が初めて顔を合わせたのは、1994年のことだ。ヤノベはベルリンに滞在し制作活動を行なっていた。その頃、ヤノベと同窓の京都市立芸術大学出身で関西で活動していた美術家・松井紫朗が、同じくドイツのケルン郊外にあるケンペンという町にスタジオを構えていた。すでに著名な彫刻家として活躍していた松井が「友達で、すごく絵が上手いひとがいる」と言ってヤノベに引き合わせたのが、当時、デュッセルドルフ芸術アカデミーで学び作家活動をしていた奈良美智だった。
ヤノベは90年代から、サブカルチャーである漫画やアニメ、特撮映画などの中にこそ時代を超えるような美の哲学があるのではないかと考え、独自の美意識を立体である彫刻作品として表現しようと試行錯誤してきた。そんな時に、同じく立体作品を制作する先輩の彫刻家である松井から「絵が上手いひとを紹介する」と言われ、未だ奈良の作品を目にしたことがなかったヤノベは疑問を抱いた。平面作品である絵画で「上手い」と言える表現などありうるのか、と。