ベルクグリューン美術館から約100点の名品が来日。「ピカソとその時代」がいまの時代に与えたものとは
ベルリン国立ベルクグリューン美術館のコレクションの基礎を築いたのは、ドイツの美術商ハインツ・ベルクグリューン(1914~2007)の個人コレクション。1996年、ベルクグリューンは生まれ故郷のシャルロッテンブルク宮殿に面した建物のなかでコレクションを公開。2000年にはその主要作品をドイツ政府が購入し、04年にはベルクグリューン美術館と改称した。
ベルクグリューン美術館の改修を機に実現した本展は、同館の開館以来、主要作品をまとめて国外で紹介する初めてのもの。ベルクグリューンのコレクションにおいて重点が置かれたパブロ・ピカソ、パウル・クレー、アンリ・マティス、アルベルト・ジャコメッティの4人のアーティストによる作品を中心に展示しており、そのうち約半数はピカソの作品によって構成されている。
本展を企画したベルリン側キュレーターのひとりであるヨアヒム・イェーガー博士(ベルリン国立新ナショナルギャラリー副館長)は、同館の改修がわかった時点でコレクションを日本で紹介することを強く念願していたという。「ヨーロッパの近代芸術は、大きく日本からの影響を受けている。それがなければ、ヨーロッパの近代アートが発展することはなかっただろう。また、今回の展覧会は日本とヨーロッパの交流をさらに前進させるものでもあり、日本で最初に展示することは非常に大きな意味がある」。
展覧会は、序章を除いて7章構成となっている。前半は、主にピカソの作品を異なる時期や主題に分けて紹介しており、後半の5章「クレーの宇宙」と6章「マティス──安息と活力」はそれぞれクレーとマティスにフォーカスしている。また、最終章である7章「空間の中の人物像──第二次大戦後のピカソ、マティス、ジャコメッティ」は、3人のアーティストによる人物像をひとつの空間のなかで響き合わせるかたちで展覧会を締めくくる。さらに、4人の作品を補完するものとして、彼らが共通して師と仰いだポール・セザンヌと、ピカソのキュビスム時代の親友ジョルジェ・ブラックの作品も加えられている。
例えば、序章「ベルクグリューンと芸術家たち」では、ベルクグリューンが購入した最初のピカソ作品《眠る男》(1942)や、マティスがパリのベルクグリューン画廊の展覧会のためにつくった切り紙のポスターなどが展示。1章「セザンヌ──近代芸術家たちの師」では、セザンヌの《セザンヌ夫人の肖像》(1885-86頃)などの肖像画や、国立西洋美術館のコレクションから、同作の複製図版に基づいたジャコメッティの鉛筆素描などが紹介されている。
2章「ピカソとブラック──新しい造形言語の創造」では、ピカソの「青の時代」の後期に描かれた《ジャウメ・サバルテスの肖像》(1904)や「バラ色の時代」の逸品《座るアルルカン》(1905)、1908年~14年におけるキュビスムの探究、1910年代後半~20年代前半の静物画の作品を紹介し、その芸術の変遷をたどる。加えて、ジョルジェ・ブラックの絵画3点をともに紹介することで、2人の共同作業によって進められたキュビスムの発展を展観する。
4章「両大戦間のピカソ──女性のイメージ」では、本展のハイライト作品《大きな横たわる裸婦》(1942)や《黄色のセーター》(1939)など、1930年代後半から40年代初めに制作された女性像を主題とした作品にフォーカスしている。
本展のベルリン側キュレーターのもうひとりであるガブリエル・モントゥア博士(ベルリン国立ベルクグリューン美術館統括責任者)によれば、この時期の作品は、秩序を廃棄したスタイルや、キュビスムと秩序への回帰の融合が特徴づけられている。また、その歴史的背景にはスペイン内戦や第二次世界大戦の影響も色濃く受けられており、時代に対する不安やピカソの反戦の姿勢などが顕著に見られているという。
近年、ピカソの女性への扱いに対する抗議が度々行われている。2018年、ニューヨーク近代美術館やメトロポリタン美術館のピカソの絵画の前で、
21年にはバルセロナのピカソ美術館で女性の活動家などによるデモが行われた
。ピカソの女性像に特化した同章の意図についてベルリン側キュレーターの2人に尋ねると、次のような返答を得た。
「ピカソの作品には男性の視点が強く出ていて、これは私たちが対峙しなければならない歴史であり、無視することもできない」(イェーガー)。「ピカソは男性よりも女性を多く描いているのは確かなことだ。しかし、《黄色のセーター》に表れる柔らかさのように、彼は女性たちを奴隷として扱うのでなく、彼女たちに多大な感情も抱いていたことがわかる」(モントゥア)。
後半の5章「クレーの宇宙」では、ピカソの作品から大きな影響を受けたクレーの作品34点で構成。展覧会のなかで独立し、それ自体で完結しているようなひとつの個展とも言える。6章「マティス──安息と活力」では、ベルクグリューンのコレクションにおいてピカソとクレーに次ぐ重要性を与えられるマティスの制作を、デッサン、油絵、彫刻、切り紙の様々なミディアムを通してたどる。マティスの作品にあふれる生命力や躍動感を感じとることができる。
最終章では、前述のように3人のアーティストによる人物像をひとつの空間に集結。それぞれのアーティストが対峙した対象物との調和や作品のエネルギーがいっそう強化される空間がつくりあげられている。
モントゥアが話したように、本展では両大戦間や第二次世界大戦後に制作された作品が多く並んでおり、戦争の影響を作品からうかがうことができる。また、いまウクライナで起きている戦争を踏まえ、本展の開催意義を聞くと、モントゥアは次のように話した。
「アーティストたちにとっては、自分の内なる声、使命に忠実であれ、というシンプルなメッセージを伝えたい。だからこそ、ピカソの初期の作品から死の直前まで展示することが重要なのだ。個人的な危機でも政治的危機でも、どんな危機的状況にあっても、あきらめないでやり続けるべきだということを、この展覧会を通して示したかった」。
また、イェーガーはこう付け加えた。「この展示には平和主義的な側面もある。とくに2つの戦争のあいだに制作されたピカソの人物像からは、戦争が人間に及ぼす影響を見ることができる。まさにいま起きている状況を表すかのような強力な作品だ。私たちの使命は、作品の新たな定義を見出すことなのだ。」。
ベルクグリューン美術館のコレクションから日本初公開作品76点を含む97点を紹介する本展。日本の国立美術館の所蔵・寄託作品を加えると、合計108点の作品が展示されている。創造性と生命力にあふれた20世紀の巨匠たちによる名品をぜひ会場で堪能してほしい。