世界演劇祭2023がドイツで6月開催。非西欧出身者として相馬千秋が初のディレクターに就任
創設から40年を迎えた今回は、史上はじめてディレクター公募が実施され、世界30か国から70を超えるエントリーのなかから「シアターコモンズ」や「あいち2022(旧称:あいちトリエンナーレ)」のパフォーミングアーツ部門のキュレーションを務めた相馬千秋と、研究者でアントワープ大学文学部映画演劇学科専任講師の岩城京子の企画提案が選ばれた。非西洋圏出身のチームがメインディレクションを担うのは今回が初であり、プログラム・ディレクターを相馬が務め、岩城はプログラム・アドバイザーとして上演作品の選定に関わっている。
31日、同演劇祭の全容を発表する記者会見が、ドイツ会場のキャピトルシアターと東京会場のゲーテ・インスティトゥートを結んで開催された。
政治、アイデンティティ、戦争など、様々な側面において多様化している現在を反映するように、今回の参加作家も多彩な顔ぶれが集まっている。
まず注目したいのが劇作家の市原佐都子。「あいちトリエンナーレ2019」で発表され、のちに第64回岸田國士戯曲賞を受賞した『バッコスの信女ーホルスタインの雌』がオープニング作品として欧州初演されるほか、俊徳丸伝説に着想を得た新作『弱法師』をクロージング作品として世界初演する。
『弱法師』について市原は「美しい少年の主人公が、病になり山に捨てられるストーリー。文楽の形式を使い、ナレーションにあたる太夫をドイツで活動する俳優の原サチコさん演奏は薩摩琵琶奏者の西原鶴真さんが担当し、琵琶とノイズミュージックを掛け合わせたユニークな音楽を作ります。またラブドール、マネキン、交通整理の人形といった、日本社会を象徴するような人形を使用し、それを3人のダンサーが操ります。自分を人形だと自覚している人形、人間だと自覚している人形などが登場し、人間と人形の境界線が曖昧になる物語が進行していきます」と語った。
今回のテーマに掲げた「孵化主義(インキュベーショニズム)」の象徴的な作品として相馬が挙げたのが、スザンネ・ケネディ&マルクス・ゼルクの『ANGELA(a strange loop)』。主人公アンジェラの誕生から死、さらにその先までをマルチメディアを駆使して描くことで、病や帰属の問題、現実とは何かを示すという。先日辞任したドイツ元首相メルケルと同じ名前を冠したタイトルは、ドイツの観客にとって強く響くものかもしれない。
宗教戒律にもとづく女性への差別と暴力が社会問題になっているイランからは、パミラ・シャムスが参加。テヘランのとある教室をハイパーリアルにしつらえ、思春期にある女性たちにとっての、権力、規律、連帯の場としての学校を描き出す。
新しいテクノロジーとしてVRを用いた作品が多く登場するのも、今回のディレクションの特徴だ。アピチャッポン・ウィーラセタクンは「あいち2022」で世界初演された『太陽との対話(VR)』を欧州初演する。チェンマイからオンラインで記者会見に登場したウィーラセタクンは、ドイツ会場にいる相馬との対話のなかで映画と演劇、夢とVRの関係を独自の視点で語った。
このほかには「あいちトリエンナーレ」などで発表された小泉明郎による「プロメテウス三部作」(『縛られたプロメテウス』『解放されたプロメテウス』『火を運ぶプロメテウス』)の一挙上演や、たくさんの動物が生息するタンザニア国立公園をめぐる旅のなかで(ポスト)コロニアルな権力構造が露わになるフリン・ワークス& Asedevaの『Ultimate Safari』の上演も。
上演だけでなく美術作品の展示なども行われる。その会場となるのがフランクフルト応用美術館。演劇祭ではこの場所を「インキュベーション・ポッド(孵化のさや)」と呼び、展示の場所としてだけでなく、瞑想、治癒、再生の経験のための空間、あるいは創造的なクリエーションの場所として活用する。
ウズベキスタン出身のサオダット・イズマイロボの《Zukhra》は、古い伝説に着想を得て、悲しみ、境界線の溶解、中央アジアの女性解放の歴史といったテーマに迫る。百瀬文は接触をテーマにした参加型パフォーマンス『鍼を打つ』のほか、《Jokanaan》《Social Dance》の映像2作品も出品。コレクティブグループKeikenは、VRを用いた没入感のある瞑想的な作品を展示する。
また、若者に向けた企画「ヤング・ワールズ」の一つとして、チュニス出身のコレクティブ・El Warchaは、リサイクル品を使ったインスタレーションを創造力あふれる遊び場、リラクゼーションエリアとして提供している。
同じく「ヤング・ワールズ」では、ルワンダなどアフリカ諸地域のアーティストで結成されたSmall Citizensが、資源の分配と力を合わせることの大切さを教える『水の子どもたち』、ラテックス製の奇妙でかわいい生き物たちに溢れた世界を体感させるサエボーグの『Super Farm』、なんと1歳までの赤ちゃんとその同伴者を対象にしたコレカ・プトゥマによる『SCOOP:赤ちゃんのための舞台』、地域の若者と高齢者を招き、暗がりのなかで対話するサマラ・ハーシュの『It’s Going To Get Dark』、そして挑戦的で刺激的な参加型プロジェクトで知られるママリアン・ダイビング・リフレックス/ダレン・オドネルは、10代の若者たちが年上の観客に夜の街をガイドする『ナイト・ウォーク with ティーンエージャー』のプロジェクトを実施する。
未来を予測しえない不確定の時代だからこそ、子供たちや若者、若い観客の視点を取り上げる機会を重視する「ヤング・ワールズ」は、インキュベーションを人々が守られながら成長する場・機会として捉えるとき、重要な意味を持つプログラムと言えるだろう。